竹歌







































あのね、の一言から彼女の話は始まる。
私が、私と言う前の一呼吸をうまく狙って自然とは言葉を紡いでくれる。
だから、私はの話を聞くことが出来る。
ああ、が話してくれるんだってよくわかるから。
それが嬉しくて私はいつも口を噤むのに、最近それが嫌だ。


「あのね、滝聞いてくれる?」
「ん?」
「この前話した続きなんだけど……」


続きなんて聞きたくないのが本音だが、があんまりにも嬉しそうにするから相槌をして続きを促した。


「竹谷先輩がね、」


の唇を「竹谷先輩」の言葉が占領する。
それが、悔しい。この、黒い感情を胸の内にじわじわと温めているなんて、気付きもせずには無防備な笑顔を私に向ける。
私ではない人の名を呼んで。


「滝、ちゃんと聞いてるの?もー!た―きってば」
「ん?ああ、それで?が怪我をしておんぶしてもらったのか?」
「違うってば!おんぶしてもらったんじゃなくて、肩貸してもらったの」


それで、と続く言葉など耳に入って心に届く前に蒸発してしまっている。
もう、我慢できないぐらいに、
私だけで、をいっぱにしたい。































滝夜叉丸から手紙をもらったは、何の疑いもなく、目的地へと歩いていた。
硬い土を踏みながら、一体なんでこんな場所で待ち合わせをしないといけないのか、考えていた。
しかし、あの滝夜叉丸のことだ。大した理由なんてないだろう。その場所がカッコいいからとか、自分が美しく見えるからとか、そんな滝夜叉丸らしい理由で呼びだしたに違いない。
目を輝かせて話をする滝夜叉丸の顔を思い浮かべて、は頬を緩めた。
今日はどんな話をしようか。
は、楽しそうに目的地である竹林へと足を踏み入れていった。
確かに、凛と空へと伸びる竹は彼の様だ。
疑いもなく、わき目もふらずに真直ぐに美しく高みを目指す。
そんな滝に似ている。


「滝ー?滝夜叉丸どこー?」


うっそうと茂る竹は視界がいいように見えて、悪い。
中に入り込んでしまえば、壁のように中にいる者を閉じ込めてしまう。
ある種、自然の要塞。それに、竹はよくしなるし、頑丈。
とて、くのいちのたまご。そんなことは、とうの昔に学んでいた筈だった。
ひゅんと、微かな風が鳴くのを聞いた瞬間に、の意識はぷっつりと途切れてそのまま闇の中に落ちていった。
ただの、たんなる油断。
他の何物でもない「滝夜叉丸」という名に寄せる感情からの、油断だった。































「う……」


ぼうっと、霞む視界に、じりじりと痛みを訴える首筋。
飛んでいる記憶と併せて考えても、自分が何者かの襲撃を受けたとすぐに理解できた。
だが、誰が何のために。
は必死に揺らぐ視界から、情報を集める。
しかし、即座にそんな必要はなくなった。
目の前に、滝夜叉丸がいた。


「ああ、おはよう」


朗らかに、笑顔を向けてくる滝夜叉丸。


「あ、たき……」


意識がなかった部分の代償か、声がうまく出せない。咽喉がカラカラだ。
それでも、滝の顔を見て安心してはぎりぎりと張り詰めていた緊張感を緩めた。


「よかった…私、あ、れ?」


ここにきてようやくは自分の状況に気付いた。
身動きが取れない。両腕が引きつる様に痛い。
これはなんだ。


「ひっ!や、やだっ!!!」
、どうしたんだ?」


くるりと、優雅に戦輪を回しながら滝夜叉丸は首をかしげた。


「見ないでっ、よ……」


は殆ど泣きながら言った。
それもそのはずだ、のしている格好と言ったら、食べて下さいと言わんばかりの恰好なのだから。
まだ若い竹がしなりの両手首を戒めた縄と繋がり、は嫌でも両腕を高く掲げていなければならない。
それだけならば、まだよかった。
上半身にまとっているのは素肌の上に上着一枚。
袴はどこに行ってしまったのだろう。
下半身を守るのは、黒い足袋だけだ。
上着の前がかろうじて胸のふくらみや、下半身の大事な所を隠しているが、全てを隠しきれているわけではない。
陰になっているが、ちらりちらりと、見えているはずだ。


「何をだ?何も隠す必要などないだろ?」
「た、きッ」


ひゅぅと、滝夜叉丸の指先から戦輪が放たれた。
緩やかにも見える弧を描きながら、の腹のあたりで揺れていた上着を切り裂いて再び彼の手元へと戻っていく得物は、従順な獣のようだった。
ぱっくりと笑う様に裂けた布。の素肌は傷一つない。
まさしく、戦輪の名手と自称するのにふさわしいと、滝夜叉丸は満足気に頷いた。


「ど、して、こんなこと、するの」


震える声は、ただひたすらに自分にだけ向けられた言葉だった。
今やが呼ぶ名は自分の名前。
待ちに待っていた瞬間だった。


「どうして?」
「たき、夜叉丸…」
、そんなこと決まっているじゃないか」


ざりっと、滝夜叉丸の足元で砂が擦れる。
近づかれれば近づかれるほど、自分の体が滝夜叉丸によく見えてしまう。
羞恥心ではうなじまで真赤にさせたが、それでもなんとか滝夜叉丸から視線をそらさずにいられた。
理由が、知りたいから。


をぐちゃぐちゃのどろどろにして、私のことしか考えられなくなって」


真剣な瞳が、普段と変わらない。


「私なしでは生きていけない、可愛い可愛いになってほしいからに決まっているだろう」


そう、私と同じになって欲しいんだ
私と同じ所まで、堕ちてきてくれ。
言葉とは裏腹に、優しすぎる手つきで滝夜叉丸はの頬に散った髪をそっと耳にかけた。


「あ、う……」
「いいだろう?」




















































終われると思いますか?
無理ですよね。