くらくらりと、その先に























丁度、長屋の真上に月が昇るころ、いつものように私の元へ「あの人」がやってくる。


「こんばんは、ちゃん」
「……」


無言のまま出迎えれば、人のよさそうな笑顔を浮かべたままの彼が天井から降ってきた。
音もなく側に着地されるのは一体何度目なんだろう。12回までは数えていた気がするが、それ以上はもう数えることすら無駄だと悟ってしまった。
何度、拒絶の言葉を発しようと、どうする気もないのだ。
この人は。
それゆえの、無言の出迎え。


「全く、君ほどつれない子は、なかなかいないんだよね」
「……そう、ですか」


じりじりと近づいてくる膝を見つめていた。
どうしようか、どうやってこの曲者を退治すればいいんだろう。
頭の中をぐるぐるとまわりだした問いを、くるりとすくい上げられるのも常の事。


「まあ、そんな風につれない所がまた一層…たまらない」
「あ」


つっと、ほんの僅かな力で肩を押されただけなのに、背がそのまま床へと落ちて行ってしまった。
今までこの人は来てもこんな風に、私の体に触れることがなかったから、驚いた。


「雑渡……さん?」


今日初めて呼んだ彼の名前に気を良くしたのか、律儀に返事を返してくる雑渡さん。
私は、天井を背にした彼に、先手必勝とばかりに口を開いた。


「…私、何度誘われたって、タソガレになんて行きませんからね」
「何度、その言葉を聞いただろうね」
「何度だって言いますよ」
「そう、それじゃあもうスカウトはやめようかな」
「そうですね。誘うなら、他の子を誘ってみればどうですか?もっとも、誰ひとりとしてタソガレにはいかないと思いますけどね」


自分でも、驚くほど冷酷な声が出ていた。
一気にまくしたてると、上にいる雑渡と目があった。
笑顔を浮かべている癖に…なんてギラギラしている目だろう。
その目が一層細まる。


「そうかも、しれないね」
「ええ」
「でもね…ちゃん」
「はい?」
「私は別段他の子を誘おうだなんて思ったことなんて、一度もないんだよ」


意味が分からずに、首をかしげる私を楽しそうに見ている雑渡さん。


「つまりね、私も一人の男ってことだ」
「え?」


そう言った途端に、自分の口元を覆っていた布をはぎ取ると、その勢いのまま彼は私に噛みつくように口を重ねてきた。


「ふぁ…んっむ……っぅんぁ」


ざらざらとした舌が唇を舐めあげ、無理やりに中へ中へと侵入してくる。
硬く閉じた歯列を尖らせた舌先で、何度もなぞられているうちに思わず開いてしまった。
すると、あとはなし崩しにそのまま、舌を絡められ、存分に翻弄されるだけだった。
驚いて見開いたままになっていた私の目を、逃さないとばかりにじっと見つめ続けている彼の眼。
閉じることも、抵抗することも、その目に射抜かれた私には出来なかった。
つうっと、唾液の糸を引いてようやく唇が離れた時には、もう呼吸が苦しくはぁはぁと酸素を求めて息を吸うばかりだった。
声を出す余裕すら与えられない。


ちゃん……もうスカウトとかどうでもいいから」
「っあぅ」
「私の所に、お嫁においで」


私と違って、まるで息も乱れていない雑渡さんは、至極楽しそうにそう言い放った。
酸欠の脳で意味をとることも出来ずに、ただ呆然と彼を見つめ返していた。
それを肯定と受け取ったのか、彼は慣れた手つきで私の着物を脱がしていた。
あっという間に肌が露出していく。


「やっ…だ、はずか…しい、です」


身をよじってそれでも何とか抵抗を試みるが、慈しむようにそっと頬に触れた彼の手のぬくもりがそれを邪魔した。


「そう思うほど、私は君にまいってしまったんだよ」


つうっと、繰り返し撫でられる優しい指先。
魅入られてしまった。そう言ってしまうのは簡単すぎて、このぐるぐると渦巻いている感情をどう呼んでいいのかわからない。
叫びだしたいのに、身動きできない。
ぴたりと、固まってしまった私の体。


「君が欲しい」


何度も、何度も啄ばむように繰り返される口付け。
くらくらとめまいがしてくる。
ちゅうっという音が耳に直接響いてくるような気がしてしまう。


「はっ、たまらないねぇ」


包帯のかさついた感触が身体中を這いまわった。
















































三万ヒットありがとうございます!
感謝感激の嵐です。
コメント「嫁においで と雑渡さんに言われたくありませんか」ということで、書かせていただきました!
さらにコメント「 笑顔で、欲しいって言ったらあげる 」は「続」にて。
お待ちください^^
投票ならびに、コメントありがとうございました!!