日が山の端に掛かりだした頃から、今日は空が違った。 普段の様なゆったりとした茜色へと染まっていくのではなく、不思議と仄かに紫掛かり、まるで夜明けのように空が染まりつつあった。 は、その空を見上げて満足気に目を細めた。 こうでなくては。 今夜はこうでなくてはいけない。 わくわくとした興奮が身体中を満たして、今すぐにでもはじけそうだ。 しかし、静かに呼吸を繰り返して気分を少しでも落ち着ける。 背後では、ざわざわと楽しげな空気が震えていた。 自分と同じように、今夜のために孕んだ熱をまだ放出しないように身震いしているようだ。 「〜」 名が、呼ばれた。 たっぷりと、時間をかけて、は振り向いた。 さあ、行こう。 今夜は何をしても許されるのか、あちこちで魔法の言葉が飛び交い始める。 もう、太陽はなりを潜め、星が光りだした。 「ちゃ〜ん!!!!」 「あ!タカ丸!」 息を切らせながら、駆け寄ってきたタカ丸はの目の前で止まるとへにゃりと頬を緩ませた。 はタカ丸の恰好を見てハッと息を小さくのんだ。 タカ丸は彼の体にぴったりと合った白いシャツに黒いズボンとベスト、バーテンダーの恰好をしていた。 「あ、タカ丸…その格好」 「あはは、似合う?」 「うん、すごい似合ってる!」 「ちゃんも、その衣装、すごく似合ってるよ」 「あ、ありがと」 恥ずかしそうに、俯くとの頭をすっぽりと覆っている赤い頭巾がほんのりと染まった頬を隠した。 白いふんわりとしたスカートが揺れると、彼女の普段は隠されているはずの白い足が、辺りに置かれたかぼちゃの灯りでぬるりと照らされた。 「ねえ、ちゃん」 「ん?」 「とり、」 タカ丸が口を開こうとした瞬間、どやどやと背後から騒がしい声が近付いてきた。 おかげで、タカ丸は口にしようとしていた言葉をのみ込まざる得なかった。 「ええい!!僕の方が絶対にカッコいい!」 「何を言っている三木ヱ門の分際で、私の方がかっこいいうえに、美しい!」 「はっ、そんな訳のわからない真っ黒な格好でなーにがカッコいいだ!」 滝夜叉丸は黒いシャツに、黒いズボン、おまけに背中には小さな漆黒の羽根までついている。 一方、三木ヱ門は茶のタータンチェックの上着に、おそろいの柄の帽子。半ズボンから、すらりと膝が見えている。 どちらも、その姿が非常に似合っていた。 二人は、近づく勢いに任せてに詰め寄ると、顔を寄せ合って互いのいい所を主張し始めた。 「わー!分かった分かったから!二人ともよく似合ってるよ!でも、何の格好かわかんないんだけど」 「「え?」」 あからさまに傷ついた表情になり、唇を尖らせて、拗ね始めてしまった。 「だー、拗ねないでよ!ね?どっちもカッコいいんだから」 拗ねながらぶちぶちと、何か呟き始めてしまったと思うと、くいっと後ろから頭巾が引っ張られた。 はそれにつられて後ろへ一歩二歩。 とんっと背中に何かぶつかり後ろを振り返ると、澄ました表情の綾部が立っていた。 「おやまあ、赤いのがひらひらしていると思ったら中身はだ」 「ああ、綾部」 「赤くて可愛い頭巾いいなぁ」 くいくいと頭巾をうらやましそうに引っ張る綾部の頭からは三毛の耳が覗いている。 ほっぺたには、墨で書いたであろうひげが三本引かれていた。 「綾部は何?」 「に飼われていた猫」 「私、猫なんて飼ってないよ」 「が、のこと好きすぎて化けて出た感じでーす」 要は、化け猫と言いたいのだろう。 にゃおんと、一声鳴いての頭巾にじゃれている綾部はその通り猫の様で、思わずはくすくすと笑い声を上げた。 そんなを中心に、四人の中で視線が交わされていることには気付いていなかった。 「ねえ、ちゃん」 「なあにタカ丸」 ようやく先ほど言えなかった言葉をタカ丸は口にした。 しかし、思惑どおりにはいかず、声は四つ揃った。 「「「「とりっく おあ とりーと!」」」」 満月でも半月でもない、月が煌々と五人の頭の上で輝いた。 続 この先注意 (異物あり)