蜘蛛の巣 じりじりと空から降りそそぐ太陽が肌を焦がすのも手伝って、苛立ちはいつもの数倍だった。 そんなわけだから側に来てほしくないのに、空気も読めずに滝夜叉丸は常のごとくに付きまとい、延々と自分の話をしていた。 「それでですね、先輩。この滝夜叉丸がそこで戦輪を投げたことにより、見事ろ組のやつらの目論見を打破することが出来たのです! あの時の三木ヱ門の姿を先輩にも見せて上げたかった……ふふ、私の華麗な作戦が見事的中したことを皆がほめたたえて、次々と鈴を集められたんですよ? こんなにうまく行きすぎるなんて、私は自分の才能が怖いです。戦輪や体術も完璧なうえ、戦術まで備わっているだなんて……ああ、神はなぜこうも私に才能を与えてしまったので」 「ねえ」 「しょうか…。……へ?あ、はい」 不意に話が切られたことに驚き、キョトンとした顔で滝夜叉丸はの後ろ姿を見つめていた。 くるりと振り返ったの表情にはうんざりした色が張り付いていると言うのに、滝夜叉丸はそれに気付きもせずに首をかしげた。 さらりと、幾筋かの髪の毛が頬にかかった。 「お願いだから、どっかいってくれない?」 その言葉を聞いた滝夜叉丸の眉が僅かにひそめられたのを見て、はしまったと思った。しかし、これぐらい言わないと相手は滝夜叉丸だ。下手なことを言えば、そのまま話は無尽蔵に展開していってしまうに違いない。 暑さも手伝って、ごくりと咽喉がなってしまう。 の上下する喉元と見つめながら、滝夜叉丸は口を開いた。 「じゃあ、先輩」 「なに?」 もう、だんだんと頭がぼんやりとしてきたは滝夜叉丸のそよぐ髪ばかりみていた。 「私のお願い、一つ聞いてくれますか」 だから、早くこの場から立ち去りたかった。 滝夜叉丸が言った言葉をよく考えもせず、二つ返事で「いい」と言ってしまった。 早く、解放されたかったのだ。 熱さから。 「じゃあ、先輩、また今度」 「ん、」 気障ったらしく、人差し指でなぞられた頬。 ぞわりと、肌が粟立ったがすぐに気だるい暑さの方が気になった。 それでも、ようやく滝夜叉丸がいなくなったおかげでほんの少しだけ涼しくなった気もした。 は、ほうと一息つくとそのまま涼しさを求めて木蔭へと身を寄せた。 「先輩、私のお願い聞いてください」 「え?なんで?」 「私のお願い一つだけ聞いてくれるってや、約束したのに!!!」 「わわわ!ちょ、ちょっとやめてよこんな所で!」 「先輩―――!!」 「泣くな!叫ぶな!わかったから!分かったから!」 「う、う……本当ですか?」 食堂のど真ん中で泣きわめくもんだから、みんなの憐れんだ視線が突き刺さる。 恥ずかしい。 「本当!本当だから!」 「それじゃあ先輩!出かけましょう!」 「へ?は?え?」 「タカ丸さんがお勧めの茶屋に、先輩と一緒に行きたかったんです!」 「え?あ、ああ」 タカ丸のお勧めという一言から、案外他の友達と行く時に案内できるすごくいい所なんじゃないかと考えてから、は慌てて立ちあがった。 「うん!いいよ!いいから行こう!」 「はい!!」 泣いたカラスがもう笑った。 キラキラと上機嫌に笑顔を浮かべて滝夜叉丸はの手を取った。 「それじゃあ、私は一足先に門で待っていますから!」 「う、うん。わかったから叫ばないで!」 「はい!!!」 くそう、体育委員会めと、心の中で毒づいた声にすら滝夜叉丸は気付かなかった。 やられた。 「、先輩」 きしりと、床が軋んだ。 雰囲気のいい内装にすっかり騙された。 耳を打つのは、滝夜叉丸の声だけじゃない。 微かに、密やかに息づく、欲望の聲。 初めに気付いた時には、驚いて顔が真っ赤になってしまった。 悠然とそんな私をくすりと笑い、滝夜叉丸は手を取り静かに覆いかぶさってきた。 耳につく、隣の女の声に、体がこわばる。 「おお…声、だすよ?」 「出来ますか?」 否、できない。 舌が顎にぴたりと張り付いてしまったように喉から絞り出す程度に微かな声が漏れるだけだ。 「嘘、吐いた」 「私は嘘なんて付いていませんよ。タカ丸さんお勧めの、茶店ですよ?」 「ん」 唇の端を滝夜叉丸の指の腹がなぞり素肌を降りていく。 着物が乱れると言うのに、私の体は動かない。 動けない。 男の、呻く声。 「あぅ」 「どうしたんです?先輩、顔が真っ赤ですよ?」 訳も分からず、身体中が熱い。 まるで、羽衣のように上から降りそそぐ柔らかな滝夜叉丸の髪が頬に触れる。 「先輩へのお願いはもう終わりですね……私は先輩とここへこれてもう満足ですが?」 「あっ」 手足がしびれる。 甘い薫香。 耳に忍びこむ音。 なによりも、微かに触れ合う唇。滝夜叉丸が話すたびに、くすぐったいような痺れが走る。 「先輩の、お願いはありますか?」 願いを口にするより前に、自ら滝夜叉丸の首筋に腕を絡めた。 はめられたと、思っても、もう遅かった。 「はっ、ぁ……滝、」 「んん、、せんぱい」 願いを口にするまで、きっと許してはくれないだろう。 そんな予感抱えながら、誰よりもいやらしい口付けを貪った。 終 滝の知略にはまったら、とことん骨の髄まではめられていく。 |