見えぬもの
「」
私の名前を呼んで、そっと頬を包み込む滝夜叉丸の手は暖かくて、その癖にこうして肌を合わせただけでも気がついてしまうほどに傷だらけで、彼が自分で自慢するほどの腕前だということをそれが証明していた。
私は私で、目を閉じることもなく、まっすぐに滝の顔を見つめると、滝は熱ぽい瞳で私のことを見つめ返してきた。
「、」
どうしたらいいのか、私は分からないというのに滝はただ、私の名前ばかりを呼んでいる。
ねえ、そう言えば噂を聞いたの。
先日、綾部が忍務に行ったんだって。
タカ丸さんも三木エ門も、どんな忍務だったか心配だから聞いたのに、答えてくれないの。
ねえ、滝、あなたは知ってる?
ねえ、滝、どうしたの?
今日の滝は特別に変だよ?
滝、あなたが心配なの。
「」
唇ばかり見つめる前に説明してよ。
こんなにも愛してるって言うのに。
どうして何も言ってくれないの?
「、口付けしてくれ」
「え?」
「ほら、早く」
私の気持ちなんて気にもせずに、滝はんっと、自分から目を閉じて少し私のためにかがんでくれた。
どうしたらいいか、というか、こんな気恥かしい行為を私からすることなんてほとんどないからバクバクと心臓が暴れ出す。
でも、こんなことを自分から言うことなんて本当に今までなかったから、私は苦しくっても我慢して、滝の唇にそっと自分の唇を重ね合わせた。
柔らかくって、あったかくって、くすぐったい感触。
それがたったほんの瞬きをする間に私と滝との間を駆け巡って離れる。
「…は、はいっ!終わり!」
恥ずかしくて、思わず声が大きくなってしまったけど、それからゆっくりと滝は目をあけた。
いつものように、自信満々な目。
「ふふん…からの口付け、か」
「滝、なんか、変」
赤くなりながらも、思わず疑問を口にしようとする私の唇を今度は滝からの口付けでふさがれてしまった。
私がしたような一瞬では終わらない口付け。
じわりと、温かい熱が私の中に広がっていった。
「ふっ……あ」
「」
だらしなく頬を緩ませて、心底うれしそうに笑う滝を見ることができるのは私だけ。
そんな、滝が大好きだってきっと、滝も知ってる。
だから、私の前では惜しげもなくこの笑顔をさらけ出してくれる彼。
「、何にも心配することはない。なにせ、私は私だからな!」
「……なにそれ」
「私が平滝夜叉丸ということだ」
ちゅと、音をたてて頬にまた口付け。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
滝の自信がその度に私に伝染していく。
最後は、私からぎゅっと滝夜叉丸に抱きついた。
「いってらっしゃい」
終
い組がまず先陣切っての実習。
きっと、本当は怖いし、辛いし、嫌だと思う。
でも、夢だから。
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