人見知りの君
空白の時間。
俺の知らない君。
みんなが知ってる君。
3年分の君。
「あれ?ねえねえ、滝夜叉丸くん、あのこ誰?」
行く先に見えたのは、三木エ門くんと親しそうに話している桃色の頭。
黒い髪が印象的だった。
自分とは違うその髪は、遠目からでもわかるくらい、俺を惹きつけた。
とっても、きれいで、柔らかそう。
「ん?……ああ、か。。私たちと同学年のくのたまです」
「くのたま?」
「そうです。くのいちの卵。くのたまのです」
「へぇ」
「タカ丸さん、紹介しますから。おーい!!三木エ門!!!」
滝夜叉丸くんが呼びかけると、とっても可愛い笑顔で振り向くちゃん。
ああ、かわいい子だなぁ。
すぐに、その笑顔にも惹かれてしまった。
ひまわりみたいだ。
「あ!滝!!」
笑顔で走り寄ってくるちゃん。
だけど、俺を見たとたんに、しゅんとその笑顔がしおれてしまった。
急に眼を伏せて、不安そうな顔に変わる。
??
俺、なんかした?
「、この人がこの前言っていた四年生に編入してきた斉藤タカ丸さんだ!」
「あ、は、はじめまして。よろしく」
そう言ってる間も、ちゃんの顔は俺の方を向く事はなく、下を俯いたまんま。
後ろから苦笑している三木エ門くんがやってきた。
滝夜叉丸くんも困ったように笑ってる。
「ほら、!ちゃんとタカ丸さんに挨拶しないと!」
三木エ門くんがぐっとちゃんを俺の方に押しやったけど、小さく声を上げて、ちゃんは滝夜叉丸君の後ろに隠れてしまった。
「……」
「あ、あの、はじめまして。僕斉藤タカ丸です。よろしくね、えーっとちゃん?」
蚊の鳴くような声で「はい」とかろうじて聞き取ることができた。
本当に、そっけない態度。
まともにちゃんの姿を見れたのはさっき遠目で見たときだけだ。
さっきよりもこんなに近い所にいるのに、ちゃんの姿を見ることができない。
「た、滝!」
「ん?なんだ?」
「あのね……」
こそこそと、滝夜叉丸くんの耳元に手を当てて何事かを話しているちゃん。
まるで警戒している小動物みたいだ。
そんな姿も、かわいいと思うよ?
でも、ね。
「タカ丸さん、は綾部に用事があるらしいので、もう行くそうです」
「あ、そうなの?ごめんね、ひきとめちゃって」
無言のまま、頭をふると、くるりと踵を返してちゃんは走って行ってしまった。
後ろ姿を見送る3人。
「ね、僕なにか嫌われるようなことしちゃってた?」
三木エ門くんと滝夜叉丸くんは顔を見合わせて、苦笑した。
「すみません、の奴、ものすごい人見知りなのですよ」
「そうなんです、私たちも打ち解けるまで苦労しましたよ」
でも、すごいい奴なんですよと、二人とも口をそろえていった。
俺にも、すぐに分かったさ。
ちゃんはとっても可愛い子だって。
そして、二人からちゃんの話をたくさん聞いた。
本当は活発で体術も得意なこと。
でも、読書が好きで中在家先輩とも仲がいいこと。
嫌いな食べ物をどうしても残してしまって、泣いてしまったこと。
テストの点数のこと。
いろんなこと。
でも、どの話を聞いても、さっきのちゃんとの姿と結びつかなかった。
おどおどしてて、不安そうで、おびえた目。
柔らかい髪と、遠目で見えた一瞬の笑顔。
俺が知っているちゃんはそれだけだった。
そのあと、ちゃんは滝夜叉丸くんたちと仲が良いようで、よく忍たま長屋や廊下でも一緒にいるところを見かけた。
遠くから見るだけだと、ちゃんはとっても笑顔で、はきはきしてて、元気いっぱいだった。
ふざけ合って、三木エ門くんや滝夜叉丸くんと綾部くんとじゃれ合っていたり。
紫色の中に咲いた桃色が、とっても愛らしかった。
でも、やっぱり俺が話しかけたり、近づいて行ってしまうとすぐに、その花はしぼんでしまう。
ああ、どうしたらいいんだろう。
こんなにもちゃんと仲良くなりたいのに。
「ねえ、三木エ門くん〜、ここのところ分からないんだけど、教えてくれない?」
「ああ、タカ丸さん。いいですよ、どこですか?」
夕刻、忍たまの友を持って三木エ門くんの部屋を訪ねた。
火器のことでどうしてもわからないことがあったんだ。
「あのね、ここなんだけど……」
忍たまの友を開いて、あるページをさした。
すると、すぐに納得した三木エ門くんが立ち上がる。
「斉藤さん、これは実物を見た方が分かりやすいんで、ちょっと待っててください」
「え?」
「すぐに、連れてきますから!」
「あ!よろしくお願いします〜」
三木エ門くんは用具倉庫に預けてある火器の子を一人実際につれてきてくれるようだった。
心なしか、三木エ門くんの顔が笑っていたのは気のせいじゃない。
やっぱり三木くんに聞いてよかった。
彼を待つ間、足をのばしてぼーっとしていた。
すると、かさりと、何かが動く音がしたかと思うと、突然視界が真っ暗になった!
「え!?あ!?な、なに!!?」
「えへへ〜!三木びっくりした!!?」
視界が開けて、後ろを振り返ると、悪戯を成功させて笑顔を浮かべてるちゃんがいた。
「あ!さ、斉藤タカ丸さん!?や、……あ、そ、その……ごめんな、さい」
消え入るような声で謝るちゃん。
耳まで赤くして、今にも消えてしまいそうだった。
上を見ると、天井にぽっかり穴があいていた。
どうやらちゃんはあそこから降りてきたんだろう。
ようやく状況が理解できた時には、ちゃんは小さな声でもう一度謝って部屋から出ていこうとしているところだった。
慌てて、ちゃんの腕を捕まえた。
ぎくりと、彼女の体がこわばる。
「あ、あの、その、本当に…ごめんなさ」
「あのさ!」
ようやく、初めてちゃんに触れた。
「ちゃん、髪結わせてくれない?」
「え?」
「ね、今三木エ門くんいなくて、戻ってくるまで暇だからいいでしょ、ね?」
きっと、ちゃんは断れないと思った。
もじもじと、顔を赤くさせて、うつむいているちゃんを無理やり座らせて、頭巾を取る。
ああ、やっぱりきれいな髪だ。
体を一段と強張らせて、身じろぎ一つしないちゃん。
髪を梳く音と、不安げに繰り返されるちゃんの吐息だけが耳に入ってくる。
「ちゃん、きれいな髪だね〜」
「……」
「ねえ、このまま髪伸ばすの?切る時があったら絶対僕に言ってねv町の髪結床よりも、僕の方が絶対うまいから」
「……」
結局、ちゃんが何一つ口を開くこともなく、髪を結いあげてしまった。
結いあがった**ちゃんの髪は、思った以上に可愛くなったと笑みがこみあげてきた。
「あー、残念、鏡がないから見せてあげれないけど、すっごくちゃんかわいいよ!」
「あ、ありがとうございました!!!」
突然、ちゃんは叫ぶようにそれを言って部屋から走り出ていってしまった。
それと入れ違いで、火縄銃やらを抱えて三木エ門くんが部屋に入ってきた。
「あ、来てたんですか?大丈夫でした?」
「うん〜v髪結わせてもらっちゃった」
「え!?の!?」
「うん!」
「どおりで、いつもと感じが違ったわけですね」
ああ、残念。
もっと、ちゃんに近づいていたかったのに。
逃げられちゃった。
だけど、一歩だけ、ちゃんに近づけた気がする。
始めて、触れることもできたし。
それに
「あ、それ、の?」
「うん、忘れていっちゃったみたい」
「私が届けておきましょうか?」
「ううん、大丈夫だよvそれよりもさ〜……」
俺の手の中に残ったちゃんの頭巾。
きっと、これがないと困るだろうから、もう一度ちゃんは俺のところに来るんだろうな。
そのあと、三木エ門くんに色々火器について教わったけど、ほとんど頭に入ってこなかった。
ちゃんがどうしたら俺にほほ笑んでくれるだろう。
ちゃんはどうしたら俺に打ち解けてくれるんだろう。
そればかりが頭の中を占めていた。
ぎゅうっと、手に残った彼女の頭巾を握りしめる。
彼らと俺の差。
ちゃんと俺の距離。
3年分の空白。
胸が痛い。
ああ!なんて切ない恋なんだ!!!
終
人見知りのちゃんとタカ丸。
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