知恵の輪 まだ日も高いのに、一人残って筆を走らせていた。 同じ委員会の面子は今頃、七松先輩に引っ張られて裏裏裏山を昇ったり降りたり、下りたり登ったりしているころだろう。 は筆に墨を染み込ませながら、唇をゆるく結んだ。 うっかり、独り言でも言ってしまいそうだ。 開け放しておいた戸からは、涼やかな風が吹き込んでくる。 「ー?いるか?」 そんな戸からひょいと覗いたのは同級の三木ヱ門の顔だった。 突っぱねた両腕のせいで、胸を張っているように見える。ひらりと、長い髪が風に揺れる。 「あ、いたいた。ちょっとさ、体育倉庫についてきてほしいんだけどいいか?」 「え?いいけど。なに?探しもの?」 「うん、ちょっと潮江先輩が委員会で使うものを取って来いって」 「ふーん、大変だね」 そっちの委員会もな。と、三木ヱ門の笑い声に引っ張られるようには立ち上がった。 後ろを着いてくる三木ヱ門を時折振り返ると、目が合いふっと三木ヱ門の唇に笑みが浮かぶ。 慌てて前を向き直り、眩しくってしょうがない空に眼を逸らした。 空とは打って変って奇妙な暗さを保った倉庫の中へと足を踏み入れた。 ほこり臭いと言う訳じゃない。体育委員のように涼やかな風が開かれた明り取りの窓から、軽やかな足取りで滑りこんでくる。まるで、こんな場所でも体育委員の気質が取ってわかる。思いのほか片づけられた道具に、三木ヱ門は思わず声を上げた。 「なんだ。思ってた以上に綺麗だな」 「まあね。七松先輩ああだから、私と滝で片づけこまめにしたり、後輩たちと時々一緒に片づけたりね。あ、でもすぐに七松先輩がぐちゃぐちゃにしちゃうときもあるんだ」 少し自慢げに自分の委員会のことを話しているの後ろ姿を三木ヱ門は、静かに眺めていた。 「ところで、三木の探しものって」 「ああ、別にもういいや」 「え?」 瞬間、肺の空気が口から全て吐き出された。 息のできない苦しさで、訳も分からずは硬いマットの上に倒れた。 「あっ…ぅ」 「だって、もうとっくに見つけてたし」 「な、」 首筋に回される白い指。 やわやわと力を入れられ、痛みを感じる程に喉元を絞められる。そうすると、呼吸が出来ないわけではなく、声が出なくなる。せいぜい出るのも、掠れた声のみ。 助けを、呼べない。 「だよ」 「み、き」 体重をかけられて跨られてしまうと、抵抗すらできなくなってしまった。 必死に呼吸を確保するせいで、心拍数が上がっていく。 そんなの不安に揺れる瞳を見て、三木ヱ門は悠々と微笑んだ。 さらりと、風が三木ヱ門の頬を陰らせた。 「欲しかったのは、だよ」 「ぅあ、…は、な」 「離さないさ。ようやく捕まえたんだから」 すうっと音もなく近づく三木ヱ門の口から出た言葉は、初夏の昼下がりには到底似付きもしない言葉だった。 「が狂っちゃうくらいに、犯してやりたいんだ」 欲に塗り固められた言葉は、どろりとの耳へと入りこんでいく。 まるで呪文。 「滝夜叉丸とここで何度した?」 「し、て……な」 「こうやって、二人でこもって何度もしてるんだろ?」 「んんん」 べろりと唇を舐められ、は唇を閉じた。 じわりと、涙がにじんできているのを、三木ヱ門がそのまま舐め取る。 は、眉間にしわを寄せて、三木ヱ門を見つめた。 「はは、」 あんまりにも乾いた声だった。 「どうしたら、」 自分よりも苦しそうに、泣きそうな顔をした三木ヱ門。 「愛してくれるんだよ」 の体を掻き抱く三木ヱ門の腕の中、の頬が緩んだ。 「好きだよ、三木」 終 |