年下の癖に













































授業が終わって賑わいを見せる廊下で、この後何をしようかと考えながら歩いていると後ろから聞きなれた声が飛んできた。


先輩!」
「ん?三木ヱ門?」


振り返る前に、もしかしたらまた委員会の緊急召集でもかかったのかとうんざりしてしまったが、すぐに建前の表情を張り付ける。
笑顔笑顔……。


「どうしたの?また潮江先輩が全員集まれって言ってた?」
「違うんです!」
「そ、そう?」


勢いよく言われても、なにを三木ヱ門がそんなに焦っているのか分からず、思わず後ずさる。


「じゃあ、どうしたの?」
「私と、付き合って下さい!」
「いいよ」
「え!!?」


どうせこの後何もないのだから、せっかくだし三木ヱ門の用事にでも付き合ってあげようと、快く承諾したと言うのに、三木ヱ門は顔を真っ赤にさせて眼を見開いている。
一体どうしたんだろうと考える前に、三木ヱ門の両手が私の手をがっちりと掴んだ。


「先輩、う、嬉しいです!」
「え?そんなに?それで、どこに行きたいの?」
「……え?」
「三木ヱ門何かお使いでも頼まれたの?」
「あ、いえ」
「違うの?じゃあ、火器の練習に付き合ってほしいの?私そんなに自信ないけどいい?」
「あ、その、先輩!」
「ん?」


三木ヱ門はさっきとは打って変わってがっくりと肩を落としながらも、私の言葉を遮った。
私は私で、急に大きな声を出されて驚いて、思わず黙る。


先輩、違うんです。私は、先輩が好きなんです!」
「………え?」
「だ、だから先輩と付き合いたいんです!」


顔が真っ赤になりながらも、必死に言葉を紡ぐ三木ヱ門は、なんとも可愛らしい。


「ごめん、だめ」
「え?」


だけど、可愛いだけ。


「私、年上が好きなの」
「え?え?」


私が好きなのは、年上のしっかりした人。
そう、食満先輩とか、潮江先輩とか……甘えさせてくれるような、人。
そんな人がタイプなの。だから、目の前で困惑に眉根を寄せて、うっすらと涙すら浮かべてしまいそうな可愛い三木ヱ門は、範疇外。


「だから、ごめんね?」


ひらりと、手を解いて歩きだす。
これ以上、目の前にいても三木ヱ門は辛くなっちゃうだろうから。
失恋って、そんなもんでしょ。


「せ、先輩……先輩!」


二度目の、背中にぶつかる三木の声。
今度は振り返りもせずに、私が見ているのはこっちに好奇の視線を投げつけている級友たちがいる廊下の先。


「私は、それでも先輩が好きです!諦めません!」


お断りからの先、それはご自由にとしか私には言えなかった。
これから、にやにやと楽しげに笑みを浮かべる友人たちからどう逃げ回ろうかと考える方がよっぽど最優先なのだから。


























それでも、三木ヱ門は言葉通り諦めずに、それこそしつこく事あるたびに告白を繰り返してきた。
私はそれになびくこともなく、さらりと受け流して「大人な」先輩たちの背中を視線で追いかける方に時間を割いていた。
直球な言葉も、可愛らしい小さな花も、赤く染められた頬も、どれもこれも私は受け流してしまっていた。
そんなある日、上級生で合戦場での実習に行くことになった。
校庭で整列した私たちの少し緊張した表情を見ながら、先生たちも気を引き締めた顔つきで概要と目的を淡々と説明している。
ちらりと隣の忍たまの列へと目配せをすると、凛々しい顔つきの先輩たちの横顔。
ああ、かっこいいと思っていると、その向うでニヤニヤしている三郎が視界に入ってしまい、しまったと顔をしかめた。
また後で、先輩の盗み見ていたことを何か言われてしまう。
いつか言い返してやろうと思っていると、さらに5年生の列の向こうにある4年生の列から、こちらを見ている三木ヱ門に気付いた。
あ、と声に出さずに慌てて前を向く。
そうか、4年生も来るんだった。


「それでは、皆、気を引き締めていくよ―に!」


最後の先生の一言は、最高の笑顔だったもんだから、緊張していた私たちまでつられて笑ってしまった。
ああ、やっぱりこういう気遣いが出来る大人がいい。



























「あ」


くそう、失敗した。
体はそのひと呼吸の間に地面へと撃ちつけられて、痛みが右半身を襲う。
ぞくりと、血が素肌を通る感触が気持ち悪い。
それでもなお、顔を上げると私と同じように切羽つまった表情の男が刀を震える手で振り上げていた。
完全に油断していた。
足首が悲鳴を上げて、思わず息が詰まる。
微かに吊りあがった男の唇に、ぞっと背筋が凍った。
死、ぬ、のかな。
なんてくだらない。
くだらない。
こんな男に刀を突き立てられてそして死ぬの?
私は、まるでただの女の子の様に呆然と前を見ていることしかできなかった。


「し、ねぇえええええ!」
「ひっ!」


ぎらりと、気持ちいいくらいの快晴を刃が照り返す。
息をのんだ刹那、紫色の影がひらりと私の視界を遮った。


に何をする!!!!!」


鋭く放たれた爆発音。
強く香る焦げたにおい。
まともに石火矢の砲撃を喰らった男は、気絶してその場に倒れてしまった。
くるりと、地面にうずくまっている私を振り返った彼はまっすぐに私を見ていた。


先輩!大丈夫ですか!」
「みき、えもん」
「私は、先輩を守ります!」


何の迷いもなく言い切った三木は、大事だと言っていたサチコ二世をそっと地面において私へと駆け寄ってきた。
ああ、どうしよう。


先輩、無茶しないでください」


困ったように笑みを浮かべる三木ヱ門に、どきりと心臓が声を漏らした。


「早く、救護班の所へ行きましょう」
「わっ!?」
「ね?」


軽々と年下の癖に私を抱き上げると、三木ヱ門は走りだした。
なんだよ、三木ヱ門。年下の癖に。
ああ、まずい。
どうしようもなく胸がときめく。


「三木ヱ門、のくせに」
「え?」
「なんでもない!」


























年下なのに頑張っちゃってる君