黒い蜜



















寒さに堪え切れず、火鉢を部屋に持ち込んで鉄瓶をかけてぬくもっていた。
ちゅんちゅんと湯が滾る音ばかりが耳をくすぐり、段々と眠気を誘う。
そんな心地よい時間を噛みしめるように楽しんでいた。
普段の私の生活ではこんな、静かすぎる時間は殆ど皆無に等しい。
属している学年や、付き合う友人が原因だろうが、それも作為的にしている訳じゃないのだから仕方がない。
不意に頭の中を通りすぎていった四人の姿だけで、一瞬静けさが嘘のような騒がしさを感じた。


「ふふっ」


おもわず息が漏れる。
また、湯気の零れる音だけになった。
あまりの静かさにまどろみ、戸が開いてしまったことにすら気付かなかった。


?」
「んー?」


夢見心地で、瞼を閉じたまま返事をしていた。
殆ど無意識。


「ばあ」
「うんうん」


とろとろと、まどろみの合間から返事を返してくるにふっと笑みをこぼしながら綾部はの隣に腰を下ろした。
しばらくの間、の肩に頭を持たれかけさせ、まどろみを共有しようとしていたが、どうにも詰まらない。
眠気もないし、は一人きりで楽しそうにしているし。


〜、起きてよー」


むにっと両頬を指先で摘まんで伸ばすと、ようやくうっすらとは目を開けてくれた。
目があった瞬間、へにゃりと微笑むの表情に、ひどく嬉しくなっている自分がいることに気付くと、綾部は満足して同じように微笑んだ。


「おはよう」
「あやべ、いつからいたの?」

「早く言ってくれればいいのに」


くあっと、あくびをかみ殺し軽い伸びをしたの傍にすり寄る綾部。
柔らかくて、温かいの体。
くすぐったいのか、は小さな笑い声を洩らして、身をくねらせた。
本当は、まだまどろんでいたいはずなのに、はしゃんっと背中を伸ばして綾部に向き直った。


「それで、どうしたの?」
「うん、いいもの持ってきたの」
「え?」
「ほら、一緒に食べよう」


綾部が懐から出したのは、小さな小瓶。
同じように小さな留め具を指先で取ると、微かに甘い香りが鼻をくすぐる。


「はい、は手を出して―?」
「え?はい」


言われるままに、差し出された彼の手に手のひらを預けた。
綾部は、ふんふんふんっと、鼻歌交じりに小瓶を傾けた。
とろりと、真っ黒い蜜が垂れ、小さな球をの指先に落とした。


「いただきまーす」
「あ」


微塵のためらいなどなく、綾部はぱくりとその指先を咥えた。
くちゅりと、音が聞こえた気がした。


「ん〜……っんあ」
「ちょ、ちょっと綾部〜」
「甘ーい」


綾部の奇行には慣れているとはいえ、突然指を舐められは動揺していた。それなのに、のことを全然気にもせずに「黄粉があったらもっとおいしい」なんて、ぶつくさ言っている。


「おいしいものは、もっと欲しくなる」


自分の唾液でぬれたの指先に繰り返し繰り返し黒い蜜を垂らし続ける。
先を口に含んだり、指の間まで垂れてしまった蜜を舌で追いかけたり、柔らかい舌が行ったり来たりする様を口をぴったりと閉じて、は耐えていた。
綾部に他意があるわけない。
そうだそうにきまってる。
の耳にはしゅんしゅんと湯が煮立っていく音と、綾部の奇行の声が聞こえてくるばかり。


「あ、やべ」


自分でも驚くほど、上ずった声が出た。
動きを止めることもなく、綾部は気の抜けたような声を上げた。


「もっと、おいしいもの欲しい?」


問いかけが何を意味しているのかわかる前に、綾部が唇に垂らしてきた蜜の甘さに眩暈を覚えた。


































信玄餅うまいよね