進行していく病 自分が気付いた時にはもうすでに手遅れで、一体どうしたらその病が治るのかは知りもしなかった。 俺は考えるよりも体を動かす方が得意で、座学は苦手だと思っている。それでも図書館に足を運んで、どうやったらこの病気が治るのかと本をめくったこともあった。 だけど、この病はじくじくと進行していく一方。 助けて下さい。 俺の視界を遮るものは何一つない。 天まで一直線に見渡すことが出来るこの眺めは、俺達体育委員の特権だ。 雲さえない空が、真っ青に広がっている。 はぁはぁと自分の荒い息と、風が静かに揺らす草の音が耳の中に響いてくる。 目を閉じると、太陽の光が瞼に当たって頭の中が真っ白になるように思えた。 それが不意に陰り、目を開けてみるとそこには満面の笑顔を浮かべた七松先輩。 「三之助!よく頑張ったなぁ!」 太陽を背にした先輩はまるで、太陽そのもののようにキラキラと光っていた。 わしわしと頭をなでられ、自分は頑張ったんだと急に嬉しくなってきた。 「な、七松先輩……滝夜叉丸と、四郎兵衛、到着しました」 はひはひと、四郎兵衛のあげる息の音と、少し疲れをにじませた滝夜叉丸の声。 「おう!それじゃあ、ここで今日は休憩だ!」 途中から、四郎兵衛のことを引っ張って滝夜叉丸はここまで来たんだろう。 俺は、一人でここまで来るのがまだ精一杯だからただ純粋に、先輩たちがすごいと思ってしまう。 すると、見上げていた先輩の笑顔がひと際、輝きだした。 「〜〜〜〜〜!!!!」 ぶんぶんと、風を切る音を立てながら振られる手の先をたどれば、金吾をおぶってこちらに走って来る先輩の姿。 「小平太〜〜!!!もう!なんで、ペース配分ってのを考えられないわけ!?」 「なははは〜!しんがりがなら、大丈夫だろう?」 「そういうわけじゃなくって、滝だって大変なのに四郎兵衛引っ張ってきてくれたし!金吾なんて途中でダウンしちゃったんだからね!?」 先輩は、五年生なのに七松先輩のことを呼び捨てで呼ぶ。 その事実が指し示すことなど、俺にだってわかってしまう。 だって、先輩は怒っている顔をしているけど、ほら…… 「もー!こへのばか!」 笑顔を作る。 金吾を背負ったままの先輩は滝夜叉丸と四郎兵衛の頭をひと撫でしてから、俺の元へ。 「ふふっ、三之助頑張ったね。一人でちゃんとこれるようになったじゃん」 「…はい!」 くしゃりと、前髪に先輩の細い指が滑り込む。 わしわしと撫でられるこの感触が、好きだ。 先輩の指は細いのに、いつだって俺を引っ張っててくれるたくましい指。 こんなにも苦しくなる。 「〜!私は?私には?」 「わっ!ちょ、ちょっと小平太!!」 後ろからのしかかってきた七松先輩に驚いて、俺の上に覆いかぶさって来る先輩。 触れた場所が、ひどく柔らかくて、俺の、心が、じくりと、音を立てる。 「もう、小平太ー?三之助が潰れちゃうからどいてよ!」 目の前で動く先輩の白い咽喉。 「よいしょ…っと」 急に明るくなる視界。 目の前には真っ青な空。 「〜!」 「わわっ!ちょっと!小平太〜!」 先輩は、七松先輩の彼女で。 俺は上半身を起して、ころころと草の上で転がっている先輩たちを見つめた。 とっても、幸せそうにほほ笑む二人。 へばって寝ころんだままの後輩に、苦笑しながらも、その様子を見ている滝夜叉丸。 みんな、笑ってる。 俺も、笑ってる。 こんなにも、平穏な俺の毎日。 俺の、大好きな時間。 胸が、苦しくて苦しくて、啼いている。 俺がこの気持ちに気付いた時には、全身にこの気持ちは転移してて、頭の先から足の先まで全てが先輩を求めてしまっていた。 だけど…… いつか、この想いが委縮して、死んじゃえばいいんだ。 そうしたら、俺はずっとこの時間の中にいられるから。 先輩。 先輩が、大好きなんです。 先輩、先輩が、大好きです。 俺、この時間も大好きなんです。 七松先輩も、大好きです。 だけど、 先輩のことばかり考えてしまうんです 終 癌細胞。 栄養が行かなくなって、癌細胞だけ死んでしまうんです。 だけど、健康な細胞は、栄養があるから生き続けるのです。 なんて、切ない恋心。 |