別れの言葉を準備する暇もなかった

















































ほうと息をつくと、今までこらえていたものが体の内を巡り巡って口からと出て云った気がした。
そう言ったものの、「こらえていたもの」がどんな「もの」なのかがには分からない。
正体も掴めない、有耶無耶の「それ」にじわりと目尻に涙がにじんだ。
ともかく頼りなさげに、体の上のかけられていた着物を掴むと素肌の肩を隠した。
上半身を包み込んでみたはいいものの、なんとも落ち着かない。所在なさ気に揺れる眼がとらえたのはすっかり暗くなった部屋の中で、それ以上でもそれ以下でもない。
まさに、あるがまま。





呼ばれてみてから、初めてもう一人いたと思い出した。
それほどに、体の隅から隅までの細胞が疲弊しきっていたのだ。
関節はきしきしとひそやかな悲鳴を上げ、体の奥はふつふつとまだ言い知れぬ喜びを嗤っていた。


「どうした?呆けてるのかい?」


優しいようで、実はからかっている言葉が、じわりと耳から心の臓まで行き着く。
そうでなければ、こんなにも苦しくなる理由が見当たらなかった。


「そんなに、よかったかい?」


ひたりと、腿に触れた手は思ったよりも冷えていて、どちらかといえば寒いくらいだった。
それに比べて自分の体の熱がまだまだ高いことを教え込まれる。
他人の体温がこんなにもくすぐったく、不安をかきたてるものだとこの男に教えられてしまった。


「でも、痛かっただろう?ごめんね」


滲んだ涙を指の腹で掠めとると、ぺろりと舐め取る。
ああして、私もぺろりと喰われてしまったと、客観的に自分の姿を見つめているをお構いなしに、利吉は素肌であることを隠しもせずに寝ころばしていた上半身を起こした。
たったそれだけの行動で、のことを悠々と上から見下ろす利吉。
愛おしげにの髪を撫でてくれるのを、は信じられなかった。
彼は、プロの、それもよりによってフリーの忍者なのだから。
どんな時でも「もしも」という場合を想定してしまうのはしょうがないだろう。


「痛くなんて、ないです」


まるで別人の様な自分の声。思いがけずに上擦ってしまった音に、利吉は笑みをかみ殺す。


「そうかい。それはよかった」
「は、い」
「それはそうと、ちゃん」


今さら、よそよそしく呼ばれても、しりの座りが悪いだけだと言うのに。


「初めて?」


不躾な質問は、今まで以上。
無言で視線を返せば、深まる笑み。
素肌と、素肌。


「そう、それはよかった」


刀の切っ先が胸を刺し貫いた方がよっぽどましだったかもしれない。
幾度も見たことのある、優しい微笑み。


「君が好きだよ」


泣きたくなるくらいに、嬉しいだなんて。


「利吉さん、本当?」


答えなんてわかりきっているのに、そんな質問をしてしまって気付いた。










ああ、私は女になってしまったんだ。










「嘘なんかじゃないさ」


行為後の気だるい口付けが、こんなにも甘いのは、きっとそのせいだ。





























さようなら、子どもの私
二度と、戻ることないもう一人の私