九 ほとんど抱きかかえられるようにして、伊作に保健室に連れ込まれると、戸口に立った私と伊作を見て保健委員会の後輩たちはきょとんと、眼を丸くさせたまま固まってしまった。 それもそのはずだ。 伊作と来たら、普段はあんなにも優しい顔ばかりしている癖に今は、それが嘘のように難しい顔をしている。 そればかりか、もう一人の私と来たら涙をこぼしながら、笑っているのだから。 一体私たちの間に何があったかなんて、予想すらできないだろう。 「乱太郎、悪いんだけど、お茶余分にもう一つ淹れてくれるかな?」 「え、あ!はいっ!」 伊作に言われて弾かれた様に立ち上がった乱太郎は、慌てて戸棚から茶碗を取りだした。 「ほら、ちゃん座って」 「はは、ありがとう」 ひどい脱力感で腕が重い。 だらりと垂らしていると、いつの間にか伊作は濡れた手拭いを準備していて、私の腕を掴んだ。 そして手に付いた泥や頬をごしごしと擦ってくる。 「んっ…伊作、痛い」 「知ってる。そうしてるの。ほら、そっちも」 「はい」 大人しくされるがままになってると、後輩たちの困惑した視線を痛いほど感じて苦笑いした。 「あはは、お気にせず」 「しないわけないでしょ」 「だよね」 「あ、あの、先輩お茶、どうぞ」 「あ、乱太郎ありがとう」 伊作の手ぬぐいが、涙で汚れた目元をぬぐい、幾分かさっぱりした心持で、ほこほこと湯気を立てる湯呑に口を付けた。 体がこんなにも冷え切っていたのか、喉元を過ぎて胸を通るお茶がじんわりと体を温める。 「さ、それじゃあみんなは先に、残り少なくなってる薬草の点検始めてくれるかな?」 元気に返事が返ってきたと思うと、みんなせっせと自分の担当の棚を開けたり閉じたりして足りない分の薬草の名前を帳面へ書き取っていく。 「それで、ちゃん」 「え、あ、はい」 「あのね、一つ言わせてもらってもいいかな?」 「………どうぞ」 「ちゃんがあいつと一緒にいたいとか、話したいって思うなら」 伊作が言ってくれるのを待っていたわけじゃない。 「そうすればいいじゃないか」 少し怒った声色で、眉を吊り上げて伊作はひどくそっけなく言った。 まるで、そんな簡単なことをどうしてしないんだ、と言わんばかりに。 そうすればいい。それが出来ない。何度その反復を繰り返したのか。 「伊作、あのね……それができるなら、私だってそうしたいよ」 「じゃあ、なんでしないの」 「……」 ぐっと、喉につかえる想い。 はぁと、伊作がため息をつく。 「どうせ、あいつの迷惑になっちゃうからとか、考えてるんでしょ」 「……違う、もん」 まさに、その通りだった。 「そんなに泣くぐらいなら、そばに行きなよ」 「……」 留三郎の傍にいたい。 一緒にいたい。話をしたい、名前を呼んでほしい。 今まではそれが当たり前で、もっとたくさん願っては留三郎が叶えてくれていた。 「ね?」 何の返事もできずに、瞼の裏に浮かんでくる留三郎の笑顔が恋しくて仕方がなかった。 どこまでいっても、私は貴方が好き 思うのも、誰かに言うのも簡単なのに、どうしても貴方に言えないできない伝えられない 拒絶の言葉はもう二度と聞きたくないから 続 |