七 ついついうっかり、いつもの調子で作っていたおはぎの山。 みんなが止めてくれないからと、怒って見せても桃色の頭巾を揺らしてみんなは笑うだけだった。 食べてよ!と、詰め寄ってもみんな顔を揃えて、お腹いっぱいだから他の人に頼んでと、首を振られてしまった。みんな一つずつしかおはぎ食べてないのに。 「ああ、もう、こんなにいっぱい一人で食べれるわけないじゃん!!!みんなのばかー!」 手に持った大皿いっぱいに乗ったおはぎを持て余してしまっているのに、こういう時に限ってめぼしい「誰か」に出会うこともなく学園の中をうろうろしてしまう。 どうしようどうしよう、でも捨てるわけにはいかない。 うんうんと、唸りながら歩いていたら、いつの間にか私の足が向いていた先は聞きなれた笑い声の元だった。 「あ!先輩だ―――!!」 「あ、先輩……」 「先輩、お、おはぎですか!それ!!」 まだ離れていると言うのに、の姿に気付いた一年三人は一斉に目がけて走りだした。 しんべヱが早くも涎を垂らしているのをみて、思わず苦笑してしまった。 「「「せんぱーーい!」」」 「わー!三人ともほら、落としちゃうから!」 腰にまとわりついてくる三人が、きゃらきゃらと声を上げて笑うもんだから、も一緒になって笑ってしまう。 しんべヱは、鼻をひくつかせてさっそくの持っているお皿へと手を伸ばしてくる。 「しんべえ、待って待って」 「おはぎー!僕たべたーい!」 「はにゃ〜、僕も食べたいでーす」 「ぼ、ぼくも…」 待って待ってと笑っていると、慌てて作兵衛が走ってきた。 「ああああー!こらー!お前らまだ手入れ終わってないだろぉ!ああああ、先輩すみませーん!」 「あはは、作兵衛そんなに頭下げなくっても大丈夫だって。ほらー、先輩が怒ってるでしょー?ちゃんと片付け終わったら、みんなでおはぎ食べよう?」 「「「はーい!!」」」 三人声をそろえて、地面に散らばった縄梯子を片づけに戻った。 「本当、先輩すみません!!食満留三郎先輩がいないときは俺がちゃんと見てないといけないのに!」 「いいって、いいって。ほら、作兵衛もさっさと片付けして一緒に食べようよ」 「はい!……あ、あの、そのですね、先輩…」 言いにくそうに、地面とにらめっこし始めてしまった作兵衛にはにっこり笑って、先に答えた。 「うん、大丈夫。食満には言わないよ」 「あ、ありがとうございます!!!!」 「さ、行こう?あいつ、来ちゃうでしょ?」 「はい!」 汚すな―!と声を上げて、作兵衛は三人の元へと走っていく。 しんべヱの鼻水が今にも縄梯子に垂れてしまいそうになっているのを見て、慌てて作兵衛は縄梯子を保護した。 それを見て、笑い声を上げてる二人に作兵衛が呆れたように首を振った。 少しだけ、その頬が緩んでいるのをみて、も自分の頬を緩ませた。 「ほら、ちゃんとやればすぐにおはぎ食べれるよー!」 「「「「はーい!」」」」 留三郎がいなくても、しっかり「先輩」している作兵衛が頼もしく見えたが、こうしておはぎにつられて頑張りだしてしまう所はまだまだ「後輩」だってなんだか嬉しくなってしまう。 さて、このおはぎを作兵衛に託してこのまま行ってしまおう。でないと…… 「、せんぱい」 「ん?」 きゅうっと、裾を掴む小さな手。 「平太、どうしたの?」 「せんぱいも、一緒に食べますよね?」 「………うん!一緒に食べたいから、平太も頑張ろうか?」 「は、はい…!」 片手に大盛りのおはぎ、もう片方は小さくて柔らかな平太の手に引かれても、その輪の中に加わった。 ようやく、ただすぎるだけの授業も終わって、教室でぼうっとしていた。 廊下を通り過ぎた文次郎と仙蔵が予算を上げろだの、今日の委員会はだのと言っているのを聞いて、ようやく今日は自分の所も縄梯子の手入れをすると富松に言っていた事を思い出した。 委員長として、あるまじき行為だと、他の奴らに笑われちまうかな。 俺は、満足に委員長としての仕事すらも忘れていた。 「あー、だりぃな」 窓枠に両肘を預けて逆さに空を眺めた。 明るくって、蒼くて、綺麗で、嫌になる。 でも、それに似合う同じような笑い声が風に乗って聞こえてきた。 思わず、笑みが浮かんでしまうのは条件反射だろうか。 「俺抜きでも、しっかりやってかな……あいつら」 眩しい空を避けるように目を閉じて、立ち上がった。 まだまだ手のかかるあいつらに、一つでもいいから多くのことを教えてやらないと。 こんな所で、ぐだぐだしている暇があるなら、それを少しでも伝えてやらないと。 さっきとは、打って変って足取りも軽く走りだした。 だんだんと大きくなってくる笑い声や、話声。 富松の怒る声に答えるように笑い声を上げてる一年坊主たち。 結局、一緒になって笑ってしまう富松の顔が目の前に浮かんでくるようだ。 角を曲がれば、もうみんながいる。 「おーい!お前らー…」 「ねー、平太?あ、喜三太も後でね!」 不意に飛び込んできた、その声に、体がのけぞる。 それなのに、勢いがついていた足は無情にも、その角から俺の体を飛び出させた。 と、っと。軽い音を立てて着地する足。 目に飛び込んできたのは、あまりにも見慣れたいつもの光景で。 俺は、身動きできなくなってしまった。 「あ!食満先輩だー!」 「食満先輩…!」 「ほら、先輩、食満先輩来ましたよー!」 平太をいつものように抱っこして、輪の中心にいたのは見間違いようもないくらいにだった。 あれが、5年の鉢屋の変装だったらいいのにだなんて、思ってしまう。 俺を見て、真ん丸に目を見開いたをどう見ていいのかわからずに、ただ、立ち止った。 続 |