六 授業なんて、半分も聞いていなかった。 先生がこっちを注意していることだって気づいてるが、そんなことどうだっていい。 いつもなら、伊作が肘で俺のわき腹をつついてくるはずなのに、それもない。 から何か聞いているのはあの日の夜から、容易く想像できた。 でも、伊作はたった一言俺に投げつけてからは、とりわけのことに関しては何も言ってこなかった。 それでいい。 それが、いい。 「留が考えてるより、もっと簡単なことだと思うよ」 衝立越しにかけられた声は、ひどくあっさりしていてなんて返事をしていいのかわからなかったから、何の言葉も出てこない。 真夜中の真ん中で、俺は一人きり。 が居ないだけで、一人きりなんだよ。 天井へと伸ばした手は、何もつかめない。伊作、俺こんな時なんて言えばいいんだよ。 冴え冴えとした目の玉が捕えたのは、外への出口を見失ってバタバタと無様にもがいている蛾だけだった。 そっと目を閉じる。 俺は、今どこにいる。 教室。あの時。の前。冷たい土の香り。掴んでいる物は? ああ、そうだよ、筆だ。 目を開けると、丁度先生と目があった。 先生は、眉ひとつ動かすことなく淡々と言い放った。 「明けない夜はない」、と。 なんの話をしているのかわからないが、今さら伊作になんのことだか聞く勇気もなかった。 隣に座る横顔を盗み見るので精いっぱいだった。 なあ、はどうしてる? そんなこと言ったら、自分で会いに行けと言われるから絶対に言えない。 だから、俺はまた遠くを見た。 ずっと、ずっと先、の隣にいたはずの留三郎を。 そいつは笑っていて、俺は、なんでここにいるのかすらわからない。 もういっそのこと、拗ねて突っ伏してやろうか。 「」 ひどく甘くて、罪悪感に満ちた言葉だった。 「ねえ、留さん」 「……」 「もう授業終わったよ」 「…おう」 窓の外から無邪気な声が教室の中に入り込んでくる。 その中に、よく聞き知った一年坊主たちの声を拾い上げて思わず笑みがこぼれた。 「行こうよ、次、教室移動だろ?」 「……な、伊作」 「……」 「俺さ」 顔を上げて、隣に立っている伊作に言った。 「馬鹿だよな」 「知ってるよ。そんなこと」 続 |