こんな風にぼおっとすることはほとんどなかったと、は空を眺めながら考えた。
穏やか過ぎる程穏やかな空には、白々しく雲が無言で流れていく。
どうしようもない、空っぽ。空虚がじわじわと体の端へ向かって広がっていくのを嫌でもは感じていた。
それは、留三郎があったはずの部分。
伊作は優しいから慰めようと気遣ってくれるのだが、絶対的に欲しいものとは違う。
空に伸ばした手は、ただ空を掴む。
今までだってこんな風に手を伸ばした所で掴めたものなんて思いつかないけれど、伸ばす意味が違った気がする。
そう、どれこもれも曖昧に「気がする」だけ。


「なのに、違う」


違う。
違う。違いすぎる。


「留、」


隣にいないだけで。


「寂しいよ」


それでも、涙ぐまなくなっただけでも、確実に何かが変わってきてしまっている。
あんなに堪えていなければいけなかった涙はもう、ない。
脱力感ばかりが強い。


先輩?」


不思議そうな声が降ってきたと思うと、ひょいと顔を覗き込んだのは竹谷だった。
ああ、なんだ。竹谷かと、笑うと一瞬驚いた顔をした後、竹谷はまるで周りがぱっと明るくなる様な笑顔を浮かべた。


「どうしたんですか?先輩らしくないなぁ」
「そう?私はいつもと一緒だけどなぁ」
「違いますよ。なーんか違う」


そう言いながら竹谷はの隣に腰かけると、手近に咲いていた白い花を咲かせた雑草をちぎった。
指先でくるくると弄んでから、竹谷はに差し出した。


「はい、どーぞ」
「ん?」
「先輩はさ、笑ってた方がいいんじゃないんですか?」


にっと、笑う竹谷。
の鼻先でゆらゆらと手折られた癖に、なんとも思ってないように花が揺れた。


「ほらほら、先輩早く取ってください〜?」
「うわぁ、ちょ、ちょっと!」


そのまま鼻先をくすぐる竹谷から、はその花をむしり取った。


「もう、竹谷の八左ヱ門!」
「ぶっ、全然それ俺の名前分けて云っただけじゃないですか!」
「う、うるさいなぁ!もう!」
「先輩、元気出てきましたね」
「……そうだ、ね。ありがとう、竹谷!」


にっと歯を見せて笑う竹谷。


「じゃあ、お礼に先輩のオッパイ触らせてくださいよ」
「一発殴られたい?」
「触らせてくれるなら」


真剣な眼差しで断言する竹谷をとりあえず、軽く叩いてからまた笑ってしまった。


「それじゃあ、俺委員会あるんで」
「うん、しっかり世話してね。毒虫たちの未来はお前にかかってるぞー!」
「それ、俺の台詞!」


笑いながら、ばいばいと手を振った。
小さくなった竹谷の背中を見送りながらそっと膝を抱えた。
膝の下で、小さく濃く、影がそっと息を殺していた。


「食満、留三郎」


それでも、寂しい時には抱きしめてよ。
もうないと分かっていても、いや、分かっているからこそ、たまらなく寂しかった。


「好きだよ、留」


白い花弁がくるりと、弧を描いた。