の大部分を占めていた筈の「食満 留三郎」という存在がぽっかりと欠けてしまった生活が始まった。相変わらず腫れた両まぶたは熱を孕んでいて授業になんて出たくないが、一人きりでいれば嫌でも涙がにじんでくるから、重たい体を引きずって廊下を歩きだした。
それとなく女の感で察してくれたのか、友達はみな黙って苦笑い。すれ違う時にぽんと、背を叩かれるとそれだけで、気遣ってくれているのを察してしまいありがたいと顔がゆがんだ。
これ以上涙をこぼしては、本当に動けなくなってしまう様な気がして、涙は噛みしめ、笑顔を作っているつもりだった。


「はぁ」


気付けば何度もため息をついてしまう。そして、右隣を確認してしまう自分がいた。
本当なら、そこにいるはずの留三郎が、いない。
ぐっと、唇をかみしめて手を握り締める。そうすると、今度はこの手を引っ張ってくれていたはずのあの手を思い出してしまって、また表情に変に力が入ってしまった。


「なんで、いないのよ……馬鹿」


ののしる言葉を口にしてみても、やっぱり切なく苦しかった。
のろのろとした足取りのせいで、ようやく食堂に辿り着いた時には、殆どのにんたまやくのいちの食事も終わり、ちらほらとゆったり食事をとる生徒の姿があるだけだった。


「おばちゃん……朝食お願いします」
「はいはーい!あら!どうしたのちゃん!」
「は、あはは、ちょっとね……」
「やだもー、女の子なんだから」


そっと、耳に口を寄せて「氷、あとであげるから」と、囁いてくれるおばちゃんに心底ありがたいと思った。
受け取った朝食の味噌汁に鼻をひくつかせて席につく。


「いただきまーす!」
ちゃん、おはよう」
「ん?」


振り返ると、困ったような笑顔を浮かべた伊作が立っていた。


「よかった、昨日の今日だったからちょっと心配してたんだ」
「…う、ん。なんか、昨日はごめんね?」
「ううん、いいよ。私でよかったら力になるし」


そんな伊作の優しさに、ようやく自然と笑みが浮かんだ。


「伊作、ありがとう」


伊作と肩を並べて、ご飯を食べた。


「一人でご飯食べるのなんて久しぶりだから、なんだか寂しかったかも」
「ん?そんなに久々だった?」
「うん、あいつといつも一緒だったなぁ」


微かに手が震えるのを伊作は見逃さなかったが、黙ったまま笑みを浮かべた。
は、へらりと笑みを浮かべるとおいしそうにご飯を食べ始めた。
伊作も、それにならって黙ってご飯を食べ始めた。


「ね、そういえばと……伊作、は、今日の授業なに?」
「うん、今日は薬学からなんだ」
「そう……」


お茶をすする。
微かに視界に映る、伊作の手はどこかよそよそしかった。
はそっと隣を盗み見たが、期待していた物はなかった。


「おいしいね」
「うん」


わかっていても、「うまい」と言う声は返ってこなかった。