部屋の真ん中で仕切られた向う側からは、薬独特のにおいが漂ってくる。
このにおいにも、もう慣れてしまったはいつものように床に寝そべったまま図書室で借りてきた本をめくっていた。
面白いことでも書いてあったのか、時々ゆるく結ばれた唇からは微かに声がこぼれる。
そんなの声をぼんやりと頬杖をついたまま食満は聞いていた。
窓の格子から、机へと落ちた日の光が風の音と共にあちらへこちらへと走りまわる。
その木漏れ日を視界の中で遊ばせていた食満が、ゆっくりと口を開いた。


「なあ、
「んー?」


風はやんだのか、光は少しの間揺らめいた後止まった。


「俺達さ、」
「うんうん」


依然、は文章を目で追いかけていた。
だから、気付かなかった、見ていなかった。


「別れよう」


そう告げた瞬間の、食満の顔を。
頁をめくろうとした手が止まり、はぴたりと動きを止めた。
呼吸音すら聞こえないほどの静寂が、その言葉を書き消そうと努めているようだった。
しかし、食満はそんな無音を破り去るかのようにもう一度口を開いた。


「もうさ、別れよう」


二人の体は動かない。


「……なんでよ」


絞り出すような、掠れたの声が食満の耳をくすぐる。
それが彼にもたらす感情は負の物ばかりだったが、そんな声を出させてしまっているのは自分なのだ。


「じゃあ、な」


此処は自分の部屋だというのに、出ていったのは食満の方だった。
そして、はそのまま突っ伏して涙をこぼした。
付き合うようになって大分経つが、こんな理由の涙を流したのは初めてだった。
食満留三郎という、人間をよくわかったつもりでいたからこそ、あの言葉も彼の行動も全てが嘘偽りなく、本当だと、痛いほどわかってしまうのだ。


「う、うそ……嘘、嘘、うそだよ……」


それでも、そう呟かずにはいられなかった。