目に見えた現実 真っ暗に閉ざされた闇の中でも、息が出来る。 眼がつぶれても、見えるものがある。 そうでしょう? どーん、どーん、どーんと、深々とまだ寒さの残る夜の中を太鼓の音が木霊する。 合の手に軽やかな鈴が打ち振るえ、行列に粛々とした空気を生み出していった。 白一色の装束に身を包んだが手を引かれながら、岩屋の中から出てきた。 私は、唇をかみしめながら、ただただ見ることしかできなかった。 天岩戸のようにが自分からあの中に閉じこもり、それを皆でこうやって迎えに来たのならばどんなに良かっただろう。 そうならば、私が誰よりも美しい舞を舞って、の微笑みを得たのに。 現実は、あの暗く冷たい岩屋に押し込められたを、今度は無理やり引きずり出すだなんて。 なんて、なんて……残酷なんだろう。 自分の前を通る瞬間、思わず下を俯いてしまってを見ることが出来なかった。 目を合わせた時、私はどうしたらいいのだ? 苦しくて、息をするのも忘れていた。 「滝夜叉丸」 小さく綾部が私の名前を呼び、手を掴んだ。 「行こう」 私は、ただ促されるまま行列へと加わった。 私たち上級生にだけ知らされた事実はあまりにも巨大すぎて、呆然とするしかなかった。 それ故、四年生などは私と綾部を含め、ほんの数名しか召集されていなかった。 学園長の重々しい言葉の後、はじけるように立ちあがったのは五年の鉢屋先輩。 相変わらず不破先輩の変装をしていたが、表情や口調は冷え切った癖に目がギラギラしていることに私は驚いていた。 「学園長、なぜ……なぜなんです」 まるで、他の誰かならば気にもしない口ぶりで疑問を口にした先輩を、誰も咎めはしなかった。 卑怯にも、私も同じことを考えていた。どうして、が犠牲にならなくてはいけないのだと……思ってしまった。 じりりと、蝋燭の炎が学園長先生の影を大きく揺らした。 「鉢屋三郎。これはな、自身が決めたことじゃ」 「が……」 「誰かが、犠牲にはならなくてはならない。それならばと、は声を上げたのじゃ」 糸の切れた人形のように、鉢屋先輩が座り込んだことにも気付かずに、私は目の前に見える現実に絶望していた。 そんな状況を造りだしたのは、先生、あなたたちなのではないですか? 口からこぼれそうになる声を、飲み込んだ。 優秀な私にはわかる。 あえて、誰を選ぶか。そんな状況下を造りだせば、くのいちには向いていない心根の「誰か」が浮き上がって来る。そうすれば、優秀な忍びにはなれない者をふるいにかけ、みすみす優秀な忍びになる可能性のある者を犠牲にしなくても済む。 行儀見習いに来ている者たちが手を上げる可能性もほとんどない。彼女たちは学園が無くなったとしても、それぞれの家庭に戻るだけだ。 本当にくのいちを目指しているのに、才能のない者。 心、優しく、いざというときに非情になれないであろう者。 。 炎に揺らされる影に同調して、この暗い部屋までもが揺れている。 「そして、明日の夜にもを城に連れて行くことにした」 誰もかれも押し黙っていた。 その中に、投げ込まれる言葉。 「は、先ほど逃げ出した所を、大木先生の所で捕まった」 揺れる、炎が、影が、戦慄く。 「そのため、明日の夜まで見張りに立つものが必要となった」 それを、この中から出す。 私は、唯々諾々と言葉を拾い上げているだけで、一つとして意味を取ることが出来ない。 「誰か、引き受けてくれるものは?」 あげようとした右手が、掴まれた。 ぼんやりとそちらを見ると、綾部が相変わらず眉一つ動かさずにゆっくりと頭を振った。 「滝、だめだよ」 何が駄目なのかすらわからずに、私は綾部を見返していた。 そうしていると、学園長先生が鉢屋先輩の名前を呼んでしまい、上げそこねた手がやけに冷たく感じた。 綾部の手に、僅かに力がこもりその冷たさが際立った。 耳元に寄せられた唇が囁いた言葉に、全身の力が抜けた。 「食満先輩が、逃したんだって。だから……だめだよ」 手にした松明が、空気を焦がしていく。 透明のはずの空気を震わせて、闇の色に染めていく太鼓と鈴の音。 御輿の上に乗せられ、真っ白に揺れるは、ではない誰かのようだった。 ゆらゆらと、揺れる。 長い行列が、神の元へと向かう。 赤々と縁取られた列が、進んでいく。 森の中を抜け、これから美しい城を建てる場所へと。 「」 小さく名前を呼ばれたことにも気付かずに、は前を見ていた。 私は、ただ、この現実を呪った。 あんなにも容易く思い出せたのに、こんな時に限っての笑顔を思い出せないのだ。 続 もう、目前。 |