これしか、言えない私を許して下さい




















































暗い岩屋の床に、格子の形に区切られた光が密やかに差し込んでいた。
青白い光は、岩屋の奥まで届くことなく途中で闇にまぎれてしまう。
は暗がかりの中から、そっと手を光の方へと伸ばした。
まるでつぼみの様に合わせられた指先から、じわりと輪郭を取り戻していく。
手首の所まで光に当たると、そこでは手を止めた。
じっと、何の感情もなく照らされた自分の両手を見つめている彼女の瞳の中、硬く結ばれた鎖が自分の状況を嫌というほど露わにしていた。
柔らかい布で幾重にも手首を巻かれ、その上から施された戒め。
逃げ出したことが罰であると、示していた。


「せん……ぱい……」


疲労が目に見える程の、かすれた声だった。
僅かな食物しか昨晩から口にしていない。
疲れを濃くした顔は、それでもなお凛とした美しさを創り出していた。
一切の抵抗をしなかったため、体は怪我ひとつない。
それが、大人たちの判断を促した。
もう……いいだろう。限界だと。
ほんの少しでも長くのばしてやろうとしていた矢先の、の逃亡は誰もが同情すべき出来事で、理解することが出来たが、もう後戻りなど出来ない所まで事態はひっ迫していたのだ。
は思うようにならない体を壁に押し付け、震える足を必死に立たせた。
ここへ入れられてすぐ、逃げ出さないようにと丸薬をのまされていた。
痺れを伴う微かな痛みに、眉をしかめながらは明り取り用の穴まで進む。
硬く嵌め込まれた格子に手を伸ばす。


「……やめておけよ、
「鉢屋……せん、ぱい」


岩屋の外で、格子に触れたの手をみてたまらず三郎が声をかけた。


「見張り…なんて、いらない、のに」
「……そういうわけにもいかないだろ」


ひどく、押し殺した声だった。
は格子に触れたまま、姿も見えない三郎へ話しかけるが、彼女の声も薬が効いているのかたどたどしい。
それが、三郎には痛々しく知らず知らず眉根を寄せていた。


「鉢屋、せんぱ…い……ごめんな、さい」
「は?」
「寒い…ですよ、ね?」
「………ば…か、やろう」


なぜここに来てまで、人の心配をする。
なぜ。
なぜだよ、なんでだよ、
なんで、私に何も言わなかったんだよ。



「せん……ぱ、い?」
「私は、を逃がしてやれないから」
「……それで、いい、ん、ですよ」


三郎の握りしめたこぶしが、白く震えていた。
そして、三郎は岩の壁に、背を預けそのままずるずるとその場にうずくまった。
身動きが取れない。
頭がおかしくなってしまいそうだ。

お前を抱きしめたあの日は、どこにあるんだよ。
私は、なんで気付けなかったんだ。どうして、あの時気付いてやれなかったんだ。
なんで、どうして、、私は………お前が………


「はち、や……先輩」


真っ暗で押しつぶされそうな空から、しゃらしゃらと、綺麗な音が降ってきた。
それにつられて三郎は、上を見上げた。
黒い空の中、真っ白なつぼみが差し出されていた。
震えるそれが、必死に差しのばされる。
こぼれる涙も、拭えないまま三郎は、ただただその手を見つめていた。
自分へと差しのばされたの掌を。


「やめ……ろ……、やめろよ」


また、涙があふれてきた。
一体が中でどういう状況かというのは、痛いほど知っている。
だからこそ、どれだけが手を差しのばすのが辛いのかも分かってしまう。


「は、ちや…せんぱ、い……私は、だい、じょうぶだから」


それなのに、三郎はその手を握り返すことも、触れることもできずに、ただただ涙をこぼしながら見つめていた。


「私は、無力だ」
「違…い、ますよ………先輩が、いて……くれて、よか、った」
……」
「はち、や、先輩、あり、がとう」



必死に絞りだした言葉。
苦しくて、愛おしいのに、それでも………どうしようもできなかった。




























「ごめん」
























































続いちゃいました。
長くなりそうだったので、切りました。
もうしばしの、お付き合いを。