一、はじまり終わり

















「では、全員そういうことでよろしいかな」


学園長の声が底冷えするほどに響いた。
体のすべてが凍えてる。
部屋の中にいるみんなの目が痛い。
大丈夫。
だって、普通の私だってこんなことの役に立つんだから。


、すまんのぉ」
「いいえ……自分で決めたから、大丈夫です」


震えるこぶしを隠しきれずに、こぼれる涙は意味もなく、前を見つめていた。











学園が過去最大の危機に立たされた。
ナメタケ、マイタケ、ドクタケなど、各地の城主を敵に回すかもしれない危機。
ある城が平和祈願を祈って、新たに築城し、その礎を忍術学園に欲したのだ。
そう、もうすでに城は完成しておりあとはその礎を据えるだけなのだ。
決して城が天災に負けないように、戦にも耐え忍び、美しい姿であるように「礎」が絶対必要なのだ。

人柱を城に据えるのだ。

その柱を若くて強い娘にしようというのは、古来からの習わしであった。
そこで白羽の矢が立ったのが忍術学園だった。
若くてしなやかで美しく、強い娘。
くのたまがぴったりだと。
忍ぶ者ならば、柱にも適役だ。そうだ、学園から娘を差し出せ。
もちろん、はじめは先生たちは拒絶した。
しかし、多勢に無勢。
勝てるわけも、見込みもなかった。
さらに、こちらにもその心情は痛いほどわかるのであった。
そして、ついに下された決断は


一人だけ、柱を差し出すのだ。


学園長先生の苦渋に満ちた表情が、くのたま教室にもたらされた時、誰もが顔を伏せた。
まさか、こんなにも身近に命がかかわることが転がっていただなんて……
山本シナ先生、誰なんですか?
教室から誰もが思っている不安がだれともなくこぼれた。
重すぎる空気にその言葉は、冷たい予感を一滴零した。
そう、「誰か」がこの中から一人選ばれなくてはいけないのだ。
私たちの中から。
はぎゅっと冷え切ったこぶしを握りしめた。
畳の目が青々としている。
震える桃色の袴。
ちらりと、横を見ると友達は黙ったまま泣いていた。
反対側に座っている友達の肩もかすかに震えていた。
は、たった一人顔を上げる。
ああ、みなが苦悩していた。
絶望していた。
辛そうだった。
まっすぐに学園長先生と交わる視線。
ああ、学園長先生はやっぱりすごい忍だったんだ。
全ての表情を、感情を自分の中に押し殺している。
何一つ、読み取れない。


「先生」


私が手を挙げるまでもなく、先生は私の想いを感じ取っていたに違いない。
突然声を上げたを静かに、悲しそうに見つめる学園長先生。


「私が、私がなります」
「……そうか」


さざめきがを中心に部屋の中へと広がっていた。
辛い思いは誰かにさせたくない。
いつだったか、先生にも「お前は優しすぎるんだよ」と怒られたことが懐かしく思われた。


「分かった。では、、すまないがお主に行ってもらおう」
































今すぐになれというわけではないらしい。
私は、しばらくの猶予を与えられていた。
ただし、これから先に体を傷つけて血を流さないために授業は特別免除ということになった。
神は不浄を嫌うのだ。
座学も忍びにならないのであれば必要ないし。
私は同室の子たちと別れてひとり部屋に。
私の姿を見ると、くのたまの友達先輩後輩が悲しむから。
そう、私ひとりの犠牲の上に皆が生き延びたということをいちいち痛感しなくてはいけないから。
だから、私はたった一人。


「死ぬ覚悟…か」


自分の行く先が決定されてしまったというのに、なにも感じなかった。
あまりにも巨大な運命の前では思考力が低下するのだろうか。


「それにしても、暇だな」


よいしょと、重い腰を上げ、部屋から抜け出す。
学園内の行動は自由だから、それに、先生に言われたんだ。


『最後になるのだから、お別れも言わなくてはね』
『その時間を、大切にしなさい』


そんなことを言われても、くのたまの友達と今更会うわけにもいかない。
あ、辛いかも。
学園内を歩きながら少し泣いた。
誰にも見られないように。
知らず知らずのうちに、人気のない方向へと足が向かっていた。

























湿った土の上に座ると、ひやりとした感触が下から立ち上ってきた。
でも、それもなんだか、私にはお似合いの気がした。
頬を濡らす涙が、思考を低下させていき、視界も見えているようで、見えてないのと同じだった。


「誰だ?」
「えっ!!?」


突然ガサガサと、目の前の茂みが揺れた。
茂みから現れたのは七松小平太先輩だった。
頭に木の葉がついてるし、今日も塹壕を掘っていたのか、泥がところどころについていた。


「ん??」
「こへーた…せん、ぱい」
「……」
「あ、や、その、ここ掘るんですか?邪魔だったら…」
「なんか辛いのか?」
「え?」


その瞬間、太陽がふわりと咲いた。
眩しいくらいの小平太先輩の笑顔。
先輩は私の隣にどかっと腰をおろすと、そのまま大の字に体を寝ころばせた。


「一人でいたくないときは、二人でいた方がいい」
「……はい」
「私は、このまま寝るから、しばらくしたら起してくれ」


小平太先輩と触れ合った場所が温かい。
ゆるやかな先輩の寝息だけが聞こえてくる。
私は、そこでほんの少しだけ泣いた。
こんなぬくもりが今さら大切だと気づかされてしまった。
後悔したってもう遅い。
それに、もし私が行かなければここにある「日常」が脆くも崩れゆく。


「こへーた…先輩……私、怖い」


震える体を隠すこともできずに、小平太先輩の着物のはじっこをつかんでいた。
そう、眠っているから……こんなこともできる。
憧れの先輩。
さようなら。
貴方は、とても素敵な人です。
もう、委員会で滝がぼろぼろになったとき受け取りに行けなくなるけれど


は偉いなぁ!!』



そう言って、頭をぐしぐしなでてもらうのが好きでした。
悲愴感いっぱいの私は、もう捨てます。
残っている時間がどれだけのものかは分からないけど、憧れの貴方が笑って委員会を出来るなら。
私は、強くあれます。


「小平太先輩……好きでした」


私の一世一代の大告白。
もう、この先もない告白。
先輩にあげます。
だから、


「私のこと、少しでいいから覚えてて下さいね?」


にっこり笑う。
私も、先輩みたいに誰かを元気にさせる笑顔になります。
一瞬でも気を抜いたら崩れてしまいそうで、それでも最後に眠っているとはいえ、小平太先輩に想いを告げることができてよかった。
例え、相手が眠っていて聞いていなくても、だ。


は立ち上がると、必死に笑顔を保ったまま走って行った。
走り去る瞬間小平太の手がに向かって伸ばされたことに、は気づかなかった。
掴み損ねた手を伸ばしたまま、小平太は目をあけた。


?」


まるで、これから死のうとしているようなことを口走っていた
体育委員によく差し入れを持ってきてくれたり、一緒にバレーをしてくれるとてもいい子だ。
てっきり、4年生の滝夜叉丸と付き合っているもんだと私は思っていた。
だが、先ほどの口からこぼれた言葉は。
「好きでした」
私を?
「覚えてて下さい」
これから、始めたいのに?


、私も好きだぞ?」


ぽつりと呟いた声をに届けたいと思った。
だけど、何か予感がしていた。
ああ、何か悪いことが起きる。


点が見えたが、それは点でしかなく、何をどうしたらこの予感を見ることができるのか分からなかった。


ごろりと、また横になる。
今度委員会にが来たら、めいいっぱい抱きしめてやろう。
それで、みんなに見せつけてやろう。
はわたしんだぞって。
気立てのいいのことを想ってるやつは、そう少なくはないんだよ。
そんなに好きだと言われて嬉しいはずなのに、胸は重苦しいばっかりだった。



















































無謀な私