海に行こう










































「なあ、海に行こう?」


うだるような暑さが段々と姿を消していくけれど、それでも宵はまだまだ熱をはらんでいた。
留三郎は、隣に座っているの肩に頭を預けると、甘えるように擦りつけた。


「な、海。海いきてーなぁ」
「どうしたの?急に」


笑いをかみ殺すように、くつくつと喉を鳴らしながらはもたれかかった留三郎の頭に自分の頭を傾けた。頬に触れる留三郎の髪の毛がくすぐったい。


「暑いしさ、どうせ明日休みだろ?」
「そうだけどさ、今から行ったら海には入れないよ?」
「あー……うん、別にそれでもいいんだよ。海〜うみ〜」
「なにそれ、変な留三郎」


こんな姿一年生たちに見られたらどうするんだろうと、考えてしまいはまた笑いがこみあげてきた。
零れ落ちる笑い声に、留三郎は拗ねたように口をとがらせて抗議する。


「んだよ〜、いかねぇの?」
「ううん、行こう?」
「おっしゃ!!」


するりと腰にまわされた腕に浮かされて、そのままと留三郎は笑い声を上げてかけ出した。
二人きりならば、そう時間もかからずに着けるだろう。
肩を並べて、指を絡めて、委員会のことや授業のこと、友達のこと何をしたいとか、取りとめもなく話は続いて行く。
時折、思い出したように夜の風が二人の首もとをすり抜け涼しさを残しては消えていった。
歩いているうちに、鼻先に潮の香りが掠めた。


「とめ、ほら、海がってぎゃあああ!」
「あっはっはっはっは〜〜!」
「はっはっは〜じゃない!!ちょ、もぉ!おろっせ〜〜〜!!」


の体を俵の様に肩に担いで留三郎が走りだし、は海も見えずに今来た道しか見えなくて、足をばたつかせた。
耳に穏やかな海の吐息が聞こえ、笑い声もようやく止んだ。
留三郎の手が、の足袋にかかり器用に素足にさせる。


「よっと」
「はい、ありがと」
「どういたしまして」


ようやく留三郎の顔が見えた。
にっと、唇を吊り上げた留三郎はいつもに増して楽しそうだ。


「海だあああああああ!!」
「ああ!留!?」


ぼおっと見とれていると、こちらのことなんてお構いなしに留三郎は海に向かって走りだした。
走りながらぽーんっと留三郎の足袋が飛ぶ。
も留三郎に続こうと、足に力を入れた瞬間、指の隙間に音もなく砂が入りこんできた。


!」


真っ黒な海には、月が照り映えて苦しいくらいに光を放っている。
殆ど闇にのまれそうな留三郎が口元に手を当てて叫ぶ。


「大好きだ!ずっと一緒にいてくれ!!!!」


まだ、まだ夏だ。
胸の奥からこみ上げてくる言いようもない何かに、息が詰まる。
鼻の奥がツンッと痛い。


「〜〜〜〜ッ!い、一緒にいる!とめぇ!!」


走って走って、白い砂を巻き上げて留三郎の腕の中に飛び込んだ。
絶対離さないでと、笑って見せれたけど、うまく笑えた自信はない。
でも、任せておけって笑ってくれる留三郎の腕の中なら、それがちょうどいい。




























白い砂が、入りこんでくる。
幸せってのも、こうだといい。