いてほしいよ





































誰もいないから大丈夫だと思ったのが、間違いだった。
壁にぶち当たって、醜い顔を隠して、そのままずるずるとその場にしゃがみこんだ。
最低だ。
最低すぎる。
泥にまみれた裾が目に飛び込むだけで、涙がじわりと滲んでしまった。
全然自分の意思じゃないのに。
どうして。


「う、く……」


零れた。
どうしようもなく、止まらない涙が止まらない。
ぶつける場所もない憤りが、ぐるぐると回る。


「…、か?」


ハッと気づいて、影の中から明るい方へ向いた。
やけにくっきりとした輪郭をした食満が、いた。
なんてことだ。一番見られたくない奴に見られた。


「お前」


それ以上何も云わないでほしいのに、どうしてこいつはいつも一言多いんだろう。


「何してんだよ」


見て分からないのか。
踏みしめられた砂利が、か細い声を上げた。
それがきっかけだったのか、堰を切ったように零れだした涙。
こんなに弱い私を見るな。
いつものように、喧嘩して、ぶつかり合って、笑いあって、そんな、私以外を見るな。


「ど、どっかいってよ!馬鹿!最低!はげ!食満!」
「最後の以外あってねーよ!」


調子が狂ったように、変な表情を浮かべて食満が必死に言い返してくる。
それすら、耐えられずに背を向けた。
壁にへばりついて泣いている女なんて、めんどくさいものを見つけたとでも思ってるだろう。
だから、さっさとどこかに行ってよ!!!


「あ、う、くそ……?」


必死に押し殺した声が食満に届いているかわからないけど、こんな声が聞かれてなければいいと都合のいい願いをこの期に及んで抱いた。
小さく、小さく小さく、目を閉じてうずくまる。
音を立てて砂に涙が染み込んでいく。





体に触れたぬくもりに、驚いて体を強張らせた。


「誰かが、来たら…嫌だろ」


少し、怒ったような食満の声。
首を少しだけひねって後ろを振り返ると明後日の方を向いた食満の横顔が見えた。
相変わらずつりあがった目は、いつもよりも怒っているように見える。
眉間にだってしわが深く刻まれていて、唇は変な風に力が入ってるせいで、曲がってる。


「泣きたいだけ、泣けよ」


しばらく、声もなく泣きつづけた。
泣いているうちに、疲れてくるのをひしひしと感じた。


「食満、」
「………ん?」
「私、忍者……」


取り返しのつかない一言かもしれなかった。


「向いてないかも」
「……そう、かもな」


白粉の臭いばかりが、私たちの間に漂っていた。


「でも、やめたくないよ」
「ああ」


食満の手がこんなに大きいものだと知らなかった。頭をぎこちなく撫でる食満。


「お前の好きなことすればいいと思う」


好きなことがもう分からないから、困っているっていうのに、この男は気が利かない。


「うん」


それでも、返事をしたのはまぎれもなく


、俺は」
「……」
「お前がいなくなるのは」
「……」
「やだな」


好きな人の声を聞いていたかったからだった。