間が悪い































私は別段、保健委員ではないのだけれどそこそこ運が悪い。
いや、間が悪いとでもいうのだろうか…。


「あー、困ったねぇ」


食堂を眼だけでぐるりと見回してみるが、やっぱり誰もいない。
しかも、自分のお盆の上の食事も殆ど終わる頃合いで。


「はぁ…どうしたものかねぇ」


確実に、私へ向けての独り言と思しき声かけが先ほどから行われている。
最後にごくりと口の中の物をのみ込んではみたが、味よりもやっぱり誰も食堂に来なかったことの方が気にかかってなんだか食べた気がしない。
お盆をもって、こちらへ背を向けているおばちゃんへ声をかけた。


「おばちゃん、ごちそうさまでした!」


努めて声は明るく元気よく。うまくいけば、ここから逃げられますようにと、お盆をおばちゃんに渡す。
しかし、暗い顔のおばちゃんがしみじみとため息をついて、お盆を受け取ったのを見て自然と口が開いていた。


「あの、おばちゃん。どうかしたの?」
「ああ……ちゃん。いやねぇ、それがちょっと足りないものがあるんだけど…」
「買いに行けないの?」
「そうなのよねぇ……ちょっとこれから夕食の準備を始めなくちゃいけないから手が離せないのよねぇ…」


そして、またため息。
私は一人遅めの昼食を食べていたので、確かに今からもう準備し始めないと学園中の胃袋は満たせないのだろう。
なんだか、すごく困っているおばちゃんの顔を見ていたら心が痛くなってきた。


「あ、あの!おばちゃん!私、お使い行こうか?」
「ええ!?いやぁ、ちゃん悪いわよ〜」
「ううん、どうせ午後から授業ないし、別にいいよ?」


途端に笑顔になるおばちゃん。


「そうかい?じゃあ、悪いけどちゃん、お願いしちゃおうかしらねぇ」


そう言いながらも、おばちゃんは事前に準備してあった半紙を私の手に押し付けてきた。
恐る恐る紙を広げてみて、私はやっぱり間が悪いなぁとつくづく実感してしまったのだった。



















































雑踏の中、賑やかな声が波紋のように通りを広がっていき、道のはずれで段々と音が薄れていっていた。
も、徐々に賑やかになっていく人々の間をすり抜けて目的の店へと向かっていった。だが、足取りはどことなく重い。いつもだったら、町に来たというだけで訳もなくウキウキするというのに。


「はぁ…」


もう一度渡された半紙を見てみると、そこにはしっかりと「米」と書かれていた。
忍術学園の胃袋を満たす最も大切な物資。米。
それをまさかたった一人で買いに行かされるだなんて思いもしなかった。
もっとも、学園全員分を買いに行くわけではないが、一抱えもある米の袋を目の前にしてみればどう考えても、重いのは分かりきっている。
これを担いで学園まで帰るのは、なかなか骨が折れそうだ。


「おっ!おねいさんこれ一人で持ってかえんのかい?」
「ええ…残念ながら一人です。だから、一人で持って帰らないと」
「かわいそうにねぇ〜!カッコいい彼氏の一人や二人おねいさんならいてもおかしくないのにな」


豪快に笑って、米屋のおじさんは私の背中をバンバン叩いてくれる。
くそう…言いたいように言いやがってと、心の中では毒づいて、表情は明るく笑顔をおじさんに振りまく。


「やっだ〜!おじさんったら、うまいんだから!じゃあ、おまけしてよぉ!」
「おまけかい?うぅ〜ん……どうしようかねぇ」
「あーん!お願い!おじさん!」
「くぁ〜!おじさんかわいい女の子には弱いからね!それじゃあ…」


にいっと、おじさんの唇が悪戯っぽく笑みを作る。


「おまけしちゃおうかな!」
「ありがとうございますー!」







































やっぱり間が悪い。
なんていうことだろう。
私は、おじさんが盛大におまけしてくれた米をかついで、私は一人帰り道を歩いていた。
ただでさえ重い米を更に満面の笑みで増やしてくれたおじさんは、確実に確信犯だった。
どちらかといえば、お代の方をおまけしてくれれば余った小銭は私の懐に入る予定だったのに。
おじさんの馬鹿。
はぁはぁと、息を荒くして背中の米を苦々しく肩越しに睨みつけた。
ああ、髪の毛だってせっかく綺麗に結ってあったのに、ほつれてきている。だけど、それを直す気にもなれずにともかく、もう一歩。
あー、今日って寒かったはずなのになんか汗かいてきたかもと、思った時だった。


「お!〜!」


ぎくりと、体をこわばらせる。
あの声……は……まさか。


「けけけけ、食満先輩!!?」


学園の方から走って来る食満先輩が、私に手を振ってくれている。
な、なんてことだ!
よりによって、なぜ食満先輩がここに!
私今、すごい無様な感じなのに!
にこにこと笑顔でこっちに走って来る食満先輩に、どうしていいのかわからず固まる私。
目の前まで、息も切らさずに走ってきた食満先輩を呆然と見ていると、お疲れさんと、声をかけてくれた。


「ど、どうして食満先輩がここに?」
「ん?食堂のおばちゃんに頼まれてな。一人に米買わせに行かせちゃったからから手伝ってやってくれって」


おばちゃん……ここで、その優しさを発揮されても。
私、今とんでもない窮地に追い込まれた気がした。
え?なんでよりによって食満先輩の前でこんなぼろぼろの醜態をさらさないといけないんでしょうか。
おばちゃん、なんてことを。


「ほれ、。貸してみろよ」
「あっ!」


私の背からいとも簡単に米を取り上げると、ひょいとそれをそのまま肩に担いでしまう食満先輩。
そしても、もう片方の手で私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。


は偉いなぁ」
「わぅ、せ、先輩!」


私の鼓動はどんどんと速まっていく一方だった。
ほんの少し乱れていた私の頭はすっかり先輩のせいでぐちゃぐちゃになってしまった。そんな私を見て、にっと唇をつりあげた。


「う―……私の頭ぐちゃぐちゃじゃないですか」
「わりぃわりぃ」


手ぐしで髪を整え、ゆるく結いなおす。
直すのを待って、食満先輩は私に向かって手を差し出した。


「そいじゃあ、帰るか」
「あっ……」
?」
「あ、は、はい」

指先が触れるだけでも、死んでしまうのではないかと思ってしまうほどなのに、食満先輩は全然気にしないで、私の手を取った。
そして、そのまま二人で肩を並べて、学園へ向かって歩き出す。


、なんで行く前に声かけてくれなかったんだよ」
「……あ、け、食満先輩忙しいかと思いまして」
「…?約束しただろ?」
「う…」


恥ずかしくて、足元ばっかり見てしまっていたが、横を見るとやけに真剣な目をした食満先輩が私を見つめていた。
二人きりの時は……。


「………と、留が、忙しいかなぁって思ったから」
「よーし」


ぱっと笑顔になり、先輩の手が私の手をぎゅうっと握りこむ。
まだまだ言いなれない呼び方に、恥ずかしさばかりが先立ってしまう。


「でも、が言ってくれれば、時間ぐらいいくらでも作るから」
「え?」
「な?今度は一緒に行こうな?」
「う、うん!」






































まだまだ付き合い始めの二人。
慣れない呼名が、ときめき超特急。