紅差し
































つい先日、町に行った折に思わずお店のおじさんの口車と、悪友たちの勧めに乗って買ってしまった鮮やかな紅。
は、それを片手にうんうんと小一時間ばかり悩んでいるところだった。
ほとんど化粧などすることのない自分。
色の術をするときだって、自分の顔を化けさせるのに四苦八苦している自分。
なのに、こんな大それたものを買ってしまった。


「でも……もったいないよな……」


そして、は「しかも」と、思う。


「よろ、こぶかな…」


悪友たちの顔が浮かんでは消えた。
皆とてもいい笑顔を浮かべて「絶対彼も喜ぶよ!だって、自分の彼女がかわいくなるのがうれしくない人なんていないってば!」と、口々にこれと同様のことを吹き込まれた。
聞いているこちらが思わず赤面して怒りだすようなことまで言い始める始末で、それでも彼が喜んでくれる顔を思い浮かべてしまうとその怒りも心の底からの言葉ではなくなっていき…買ってしまった。


「えーい!買っちゃったもんは買っちゃったもんよね!しかも、もったいないし!」


鏡を覗き込みながら、意を決してはそっと薬指を紅に這わせた。
貝から離すと、その指だけが鮮やかな紅色を連れての目を惹いた。
そっと、右から左へと指を這わせて、唇を合わせる。
鏡に映った自分の唇はそれは綺麗に紅に染まっていた。


「わっ、な、なんか…似合わないかも」


そんな自分の顔をまじまじと見つめるのも恥ずかしく、慌てて薬指を懐紙でふき取った。
もう一度鏡を覗きこんだ。


「しかも……なんか、変」


ぎゃあぎゃあと、両頬を押さえて鏡に向かってひとしきり騒いでいると、突然後ろにタンッと誰かが着地する音が聞こえた。


「だ、誰!?」
「……お、おう。俺だ」
「と、留!」


後ろを振り向くと、食満がしゃがみ込んでいた。
よりによってと、はとっさに片手で自分の口もとを隠した。
恋人の不意の出現に慌てる


「な、なによ?わざわざこんなところまで」
「いや、なんかの友達たちが今から絶対の部屋に行けって言うから」
「忍び込んできたの?」
「だってよ!になんか……大変なこととか起こってたらって思ったら心配で…」


食満は顔を赤らめてそんな理由で大急ぎでここまで来たことが今さら恥ずかしくなってきたようだった。
反則だ!
思わず、も赤面してしまった。
この人はかっこいいくせに、いつだって不意打ちでこんな意外な一面を見せてくる。


「わりぃ……迷惑だったか?」


そんな寂しそうな顔しないでよ!


「そ、そんなことないよ!迷惑だなんて!」
「そっか、よかった」


食満のくるくると変わる表情にはギュッと心臓を鷲づかみにされているような錯覚を覚える。


「ん?でも……
「え!?ん?な、なに!?」
「お前……口、どした?」
「え?」
「なんか痛いのか?ずっと隠してるけど」
「べ、別に平気!」


口元を隠し続けていたに違和感を覚えた食満。
しかも、それを指摘したらきょろきょろと目を泳がせて余計に慌てるの様子は明らかにおかしい。


「ちょっと、見せてみろよ」
「や、やだ!」
「あ!!」


わたわたと、四つん這いで口元を隠したまま逃げようとするを、食満は追いかけた。


「おい、見せろよ!」
「やだ!こっち来ないで!」
「なに隠してんだよ!?」
「馬鹿!来ないでって言ってるでしょ!」
!」


それでも、狭い部屋の中を追いかけっこしていたから、あっという間には食満につかまってしまった。
の上に馬乗りになる食満は、片手での片手を。そして、もう一方の手で……

の手を、どかした


「あ」
「み、見ないでって言ってるのに……」


鮮やかな紅に染まったの唇。
よっぽど恥ずかしいのかうっすらと顔を赤らめて目尻には涙もたまっていた。


「留の…ばかっ」


観念したのか、今まで食満を睨んでいた目をふいっと逸らして、目を伏せる。
つうっと、涙が一粒零れ落ちた。


「は……」
「え?」


なにか、ぼそぼそっと食満がなにか言ったのだがにはそれが聞き取れなかった。


「反則……だろっ」
「ふぇ?」


みるみる朱に染まった食満の顔に、驚く


「……
「な、なに?へ……変でしょ?」
「可愛すぎだ」
「んっ!?」


紅く、ふっくらとした唇に食満は思わず口付けた。


「や、と……めぇ」
「あー!めっちゃくちゃ可愛すぎる!」


がばっと食満はのことを抱きしめた。
恐る恐るは食満に問う。


「へ、変じゃない?」
「変なんかじゃない。……我慢できないぐらいだよ」


低く耳元で囁かれた言葉に、は真っ赤に赤面した。
こんなに密着した二人は、お互いの心臓の音が相手に聞こえていないか余計にドキドキしていた。



「でも、俺の前だけ付けててくれっ!」
「な、なんで?」
が他のやつに取られないか心配で、気が狂っちまう……」
「ば、ばか!!!」



もうひとつ、甘く口付けを落とした。






















































なんていうか、食満は役得してる気がする。