続いていく関係 じっとこちらを見つめてくる視線に波乱の予感しかしない。 かといって、振り返ってしまえば必ず何かが起こる。起こってしまう。 そんな、空気。 「あの、先輩?」 「んー?」 「あ、あの、お聞きしてもいいですか?」 「うん、いいよ」 団蔵が隣から声をかけてきたのをいいことに、顔だけではなく団蔵へと体ごと向けて相手をする。 横顔から背中へとヒシヒシ感じていた視線が移動した。 全く持って状況は打開されていないが、少しだけ緊張が和らいだ。 「ここの、足すところなんですが、どうしても……」 「ああ、なるほどね。うん、うん……ああなるほど」 「分からないんです〜」 眉尻を下げて情けない顔をしている団蔵の頭をぽんぽんと撫でてから、自信満々に答えを口にする。 「そこのところは、まず先にこっちを足してね」 「数え間違えだ」 「ひっ!!」 突然首筋をかすって後ろから伸びてきた手が、私たちの間にあった帳簿をすっと指さした。 墨で少し汚れている私たちの指先とは違って、真っ白指。 「単なる数え間違えだ。もう一度数えなおして見ろ」 「は、はい!」 「声に出して数えてごらん」 彼にいわれたとおりに、団蔵はゆっくり声を出しながら数え始めた。 帳簿から離れた指がどこに行くのかと思っていると、するすると後退した指はやっぱり私の首筋へととどまった。 「仙蔵、なんか用?」 「用、というほどでもないな」 「じゃあ、私委員会中なんですがー」 「そうだったか?」 いけしゃあしゃあと空とぼけている仙蔵の顔は、きっとご満悦に笑っているんだろう。 振り返ってみれば、案の定笑っていて、少し嫌気がさした。そのせいか、少し口調が強くなってしまう。 「用がないなら、私だって忙しいんだから邪魔しないでくれますかね?」 「そうか」 「ええ、そうです」 相変わらず余裕ぶった笑みは崩さず、仙蔵はとんでもないことを言い放った。 「よし、じゃあ用ができた」 「その用が終わったら邪魔しない?」 「ああ、いいだろう」 「なに?」 仙蔵の指が首筋をこすった。 体が、こわばった。 「私の彼女になってくれ」 「・・・・・」 呆れて声がでなかった。 会計委員のみんなもとんでもない仙蔵の爆弾発言に、こちらを見たまま固まってしまった。 「ん?聞こえなかったか?、私の彼女になってくれ」 「え、あ、いや、その仙蔵?」 「なんだ?」 「ふざけてるの?」 首を傾げたまま、仙蔵は「いたって私はまじめだが?」というものだから、二の句が継げない。 どう返事をすればいいのか、考えあぐねているとこの変な空気を打ち破り、不機嫌そうな叫びがあがった。 「仙蔵!てめぇなに言ってんだ!は俺の彼女だ!!!!!!!」 しかし、その叫びも全く見当外れの言葉が飛び出した。 「え、え、え、え、え、し、潮江先輩、先輩と付き合ってたんですかぁ!!?」 「そうだ」 三木ヱ門がアイドルだなんて言えない様な、ひきつった顔で素っ頓狂な声を上げる。 まるで勝ち誇ったかのように、文次郎は立ちあがって胸を張った。 正気の沙汰じゃない。 「ちょ、ちょっと!文次郎勝手なこと言わないで」 「そうだ。潮江文次郎。貴様寝言は寝てからも言うな。お前の戯言などうるさいだけだ」 「仙蔵、悪かったな」 ずんずんと大股で私の隣にくると、当然のように文次郎は私の肩を抱いた。 「はぁ………」 「アダッ!!!」 10キロ算盤の角で文次郎の手の甲をピンポイントで攻撃するとその手が離れた。 「すみません。会計委員長、私の私生活にまで口を出さないでください」 「なに言ってやがる!俺とお前の仲だろう!」 「はっ!?こき使われる立場と使う立場のまちが」 「」 文次郎に喰ってかかろうとした瞬間、置き去りにしていた仙蔵がぐっと私の手を引いた。 普段は冷たいはずの彼の手は、熱かった。 「さっきの答えを聞かせろ」 仙蔵らしくない。 性急なその態度に、どうしていいのかわからない私はただ一言。 「いやだ」 と言い放っていた。 素直にすぐさまなれるほど、大人なんかじゃない。 終 |