ひねくれもの お前なんて大好きだ。 私が、初めてあの男から言われた言葉がそれだ。 病的にまで白い肌、ネコ目の癖に細められた瞳、黒々とした髪が、視界を遮る。 かっと、頭に一瞬で血が上って、くらくらと眩暈を感じてしまう。 「、嬉しいだろう」 高飛車に言い放った次の句に、空いた口がふさがらない。 ふさがらないついでに、返事を無理やり返した。 「わ、私はっ、せ、せんぞぉなんて、き、ききき、嫌らいだ!」 乾いた声は、裏返ったりつっかえたり、どもったり大忙しだ。 突き飛ばしてやろうと、伸ばした両手は見事に捕まえられ、逃げることすらできない。 「どうした、何を怯えてる?誰かに嫌われるのが怖いのだろう?」 なにやら、全てを見透かした仙蔵の言葉が体の奥底で凍りついた。 こいつは、私の何を見ている。 何を見ていた。 何を見られていた。 肌が、粟立った。 「それとも、嫌われたいのか」 「はっ、なせ!!!!!!」 ブンッと、空を切った右足の勢いのまま、振り向いて走りだす。 勘のいいやつだ。それとも、私が読みやすいのか。 どちらにせよ、今は、逃げたかった。 「あ!せんぱーい!」 「うあああああああ!!」 息を切らせて木の陰に隠れていると、すぐ傍から突然大声がした。 驚いて、飛びのくと八重歯を見せて笑っているきり丸が立っていた。 「あははははは、どうしたんスか?先輩」 「う、うるさい!きり丸どっかいけ!」 「どうせ、先輩隠れてたつもりでしょ?ぜーんぜん丸見えでしたよ?」 「うっ、この守銭奴!」 「だから、何回も言ってるでしょ?それは俺にとってはほめ言葉ですよ―」 「っ………き、気前がいい奴!」 何か違う気がして首をひねると、またケラケラときり丸が笑った。 四つも下の相手に笑われるのが悔しくて、腕を組んで無視することにした。 無視無視! 「ははーん、先輩。またなんかしましたね?」 「………してない!」 「くのたまなのに、どうしてそう読みやすいんでしょうね先輩は」 「笑うな!」 笑われるのが、嫌いだ。 突っぱねれば、俺たち似た者同士っすからといつの間にか隣に腰を下ろすようになったきり丸。 きり丸は、そんなに嫌いじゃない。 私の本気を嗅ぎとってるのか、きり丸は相変わらず八重歯を見せている。 「そんで、今度は何したんですかー?」 「……された方だ」 「へー、珍しい」 棒読みもいい所だ。驚きも何もしていないきり丸は、どちらかと言えば楽しそうに見えてしょうがない。 上からじとりと睨みつけると、首をかしげてニッと歯を見せた。 「聞いてあげましょうか?」 「聞いてほしくないから、その手を下げろ」 ようやく、いつものやり取りまでたどり着いたことに安心したのか、ほろりと思わず笑顔を作ってしまった。 慌てて口元を引き締めて、銭の代わりにきり丸の手に金平糖が入った小さな包みを渡した。 「ちぇっ、もらえるもんはもらっときますけどね」 ぶつくさ言う割には、耳の端がうっすらと赤まっているきり丸。かわいいやつめ。 ちゃっかり懐に収まるのを待ってから、私は口を開いた。 「立花仙蔵ってどんな奴か知ってる?」 「……え?」 ああ、きり丸の目もあいつの様な 「…先輩がなんかされたのって立花仙蔵先輩かぁ、」 そっか、でも、まあ、好きそうな……などと、不穏な空気をはらんだ言葉を独り言のように呟いているきり丸を見ながら、なぜだか心音が大きくなっていく。 嫌な予感は、よく当たるとは言ったもんだ。 「おお、。こんな所にいたのか」 「え?」 ぐっと体を後ろから引かれる感覚。 痛いぐらいに誰かの手が脇に食い込む。 引きずられるように起こされる体は、意思とは関係なく起き上った。 「さあ、行こうか」 「え、あ、う、あ!?きり丸!!!!!!!」 「えー、先輩おだちんくれるんですか?」 「そ、それは!」 「じゃあ、残念」 やけに楽しそうにひらひらと手を振るきり丸。 ああ、似た者同士と言ってくれたのは嘘だったのか。 自棄になったけれど、こうして引っ張っていかれるのは、 「せんぞっ!!!」 「違う、一字足りんぞ」 怒られた。 仙蔵の隣で、逃げられない。 腰にしっかりと回された手が気持ち悪い。 「さあ、みんな、バレーをやろうか?」 「あー?仙蔵どうしたんだお前」 「うるさいぞ、文次郎。黙って早く線の向こう側にいけ」 「ふんっ、まあ好きにしろ」 怖い顔に睨まれて、体が竦む。 けれど、一瞬委員長軍団と名高い5人の目がこっちに集まるがすぐに興味を失ってそれぞれに逸れていった。 どうしていいのかすらわからずに、おどおどしてしまう。 そんな自分が、嫌いなのに。 「さあ、こい」 悠然と腕を引っ張られ、つられる様にとび上がれば二人でなぜだか肩を並べて塀の上から皆がバレーをやるのを見ている羽目になった。 輪に加わることもなく、行ったり来たりするボールを目で追いかける。 楽しいような、寂しいような不思議な感覚。 「楽しいな」 声に反応して横をみると、こちらなんて見もせずに楽しそうにボールを目で追いかけている仙蔵がいた。 「楽しくないもん」 「嘘をつくな。お前は楽しいんだろ」 みてないはずなのに、一部の狂いもなくほっぺたを掴まれ引っ張られた。 「どうした、この口がにやけているぞ?」 「ふにゃにゃほはふ」 「こらー!仙ぞー!私の見事なアタックをちゃんと見ずに、何をイチャコラしている!!」 「すまんすまん、小平太。妬けるだろ?」 仙蔵が楽しそうに笑うと、なぜだか七松も楽しそうに笑って、妬ける妬けると二回も言った。 私には、それがわからない。 こっちを見るな。 やめてほしい。 なんだか、苦しくなってきた。 私は、輪に入ってなんか、いないのに。 「どうした?」 余裕たっぷりで、仙蔵はようやくこちらを見た。 「私、行ってもいい?べ、別にいる必要ないじゃん」 「何を言っている。ギャラリーが多いに越したことないだろう。お前は馬鹿か」 「ばか、じゃない。私がいたって」 「私は、お前がいたら楽しい」 屈託もない笑みを浮かべて、私の頭を撫でた仙蔵。 なんだこれは。 苦しくってしょうがないけれど、逃げることすらできない。 ここは青空監獄か。 「苦しいだろう?」 「は?」 「お前が苦しがる姿が、私は好きだ」 とんでもない変態だ。 「だが、気付け。それは、寂しいという気持ちだ」 とんでもない、仙蔵だ。 勘違いだ。 私は寂しくなんてない。 みんな嫌いだ。 近づくなこっちに来るな。 「まあ、喜べ。私はそんなお前が大好きなようだ」 「う、そつけ」 上擦った声に追い打ちをかけるように、仙蔵の手が私の手を握った。 「まあ、まず第一歩と言ったところか?」 歯を見せて笑う仙蔵なんて、始めて見た。 終 始 |