闇梳 穏やかな日が畳に降りそそぎ、そこに柔らかな影を仙蔵は落としていた。 そのくせに、膝にはそれは似合いもしない生首を一つ抱えて、髪を弄んでいる。 廊下を歩いてきたが作法委員の部屋を覗き込み、仙蔵のそんな姿を見て頬を緩めた。 「仙蔵先輩」 「ん?か」 「そんなことしている場合があるなら、さっさとやってほしい仕事があるんですけど」 「私がそんな雑務に追われると思ったか?」 くうっと、唇だけを吊り上げて目を伏せている仙蔵は相変わらず髪を指先に絡めてはほどいている。 は困ったように首をかしげて微笑んだ。 「はいはい、私がすればいいんですよね」 「分かっているならわざわざ聞くな」 はくすくすと笑いながら手に持っていた会計委員に提出する書類を、棚へと無造作に置くと、適当に手近にあった白粉の箱を文鎮代わりに乗せてしまう。 すると、それを咎めるように仙蔵はの足首を掴んだ。 驚いて声を思わず上げてしまったは、極まり悪そうに顔を赤らめて仙蔵を睨みつけた。 「仙蔵先輩、ふざけるなら大の仲良しの潮江先輩でも、引っ張ってきて遊んでください」 「あんなむさくるしいのをからかった所で、私になんの得がある。で遊ぶのが一番いい」 「それだったら、口があるんだからちゃんと言ってくださいよ!」 「それじゃあ、私は委員会活動をするからさっさと、頭巾をとってここへ座れ」 てんで悪びれていない仙蔵に、ため息をひとつ漏らしたは、それでも仕方がないと苦笑しながら言われたとおりに仙蔵の前へと座った。 まもなく、他の作法委員たちも気が向くままにやって来るだろう。 それまで、二人は他愛もない仕掛けの話や天気の話、髪飾りや化粧について話していた。 話しながらも、仙蔵の手は止まることなく動きつづけ、皆がそろうまでに模範用の手本を作りあげていた。 「今日は、女装の練習でもするか」 「私は女なんですが?」 「分かっているさ」 日の光に包まれて広がっていく、二人の笑い声。 そんな、穏やかな午後だった。 「立花仙蔵」 「はい」 暗い教室の中は、ひどく静かだった。 先生と二人きりの自分に何が言い渡されるのかというのは、この六年間の経験から嫌って言うほど分かっている。 「四年生のくのいちの実習なんだが」 「はい」 先生の歯切れが、悪い気もしなくない。だが、これを乗り越えなければくのいちになんてなれるわけがない。 そのためのくのいちなのだから。 まあ、いい気持はしない。だが、私だって割り切っている。 忍びになりたいのならば、女であることを忍ぶしかない。 だから、実習の相手をしなければいけない時には、なるべく割り切って冷たくしている。そうすれば、変な感情を相手は抱かない。 ただ、行為が終わった後の恐ろしく冷めきった自分の感情が段々と忍びへとなってきた証拠かと思えば、この実習は私たち六年にも必要な「実習」なのかもしれない。 「先生、分かっています。それで、相手は?」 どうせ、肌を合わせても、殆ど顔を合わせることもない相手なのだから、割り切って行為をするしかない。 そして、予想通りに教師の口から出た名前は、私は知りもしないくのたまの名前だった。 明日、そのくのたまを、私は抱く。 そんなことよりも、早く明後日に控えた委員会を楽しみにしている自分がいた。 今度は、皆で何をしようか。 そればかりを考えながら、先生から伝えられる場所や実習の要点を話半分で聞いていた。 言われることはいつも決まっていた。 明かりもついていない部屋の中にはいると、相手が布団の上で体をかちかちにさせて正座しているのが手に取るように分かった。 この実習をこなすたびに、同じように繰り返される初期動作。 機械的に私はそっとくのたまに近づき、まずは恐怖心を無くすためにそっと肩を抱いて髪を梳いた。 その瞬間、手が止まった。 私の思考回路は完全に停止した。 「?」 いるはずもない者の、柔らかさが、隣にあった。 「……はい」 消えそうな声で返事をしたのは、やはりだった。 はめられた。そうとしか、思えなかった。 完全に虚を突かれた。 「実習の相手で間違いないか?」 動揺を押し殺して、極力優しく問いかけた。 気配でが頷いたのが分かった。 なんて、ことだ。 浅く、呼吸を繰り返した。 触れているの細い肩が、小刻みに震えている。 「………、何も考えるな。お前はただ私に突かれて喘いでいればいい」 の体を押し倒し、無理やり唇を重ねた。 なぜ、こんなことを私はにしているのかが、てんで分からない。 ただ、息苦しさばかりを感じた。 それでも、体は勝手に熱くなり、いつものように反復作業を始める。 たっぷりの口付けで、翻弄しながら、気持ちよさを拾い上げれるように胸をいじり、下半身へと手を伸ばしていく。 恥ずかしさと、苦しさとで、涙をこぼしていくほ涙をぬぐってやっても、は泣きつづけていた。 繰り返される行動。 充分に馴らした膣口へとゆっくりと挿入していく自身。 何もかもが、それは私の意思ではなかった。 泣きながらも、必死に耐えるの体が震えていた。 天井へと伸ばされているの両手が闇を掻いて、私の背へと回されるのは、悪い冗談の様だった。 何一つ望んでいない行為なのに、私はただ、腰を振り続けた。 「…せん、ぞぉ先輩」 遠慮がちに呼ばれたその名前は、誰を指していたのだろうか。 ぐったりと、眠りに落ちたの髪を、幾度となく梳いた。 なぜ、こんなかたちで失わなければならない。 「」 ひどく温かい、の体にそっと己の体を寄せた。 終 儚さと無情さと |