俺のものは俺のモノ
「仙蔵のばかああああああああ!!!!!」
大声とともには自室から飛び出した。
もう、我慢できない。
今まで我慢に我慢を重ねすぎて、限界を迎えていた。
「なっ!?!!」
背中に仙蔵の声を聞いたが、それと同時に微かな溜息も聞こえてしまった。
どうせ、自分の所に戻ってくるからいいだろうとでも思っているのだろう。
こんなやり取りはすでに数回行われていたが、それでいて限界を迎えていたはもう仙蔵の所へと戻ろうという気はほとほとなかった。
眉間にギュッとしわを寄せ、怒りのあまりに涙がぼろぼろ出てくる。
は、悔しさを噛みしめて足音も荒々しく井戸へと歩いて行った。
ともかく、冷たい水でこんな涙を流してしまいたかったのだ。
仙蔵に泣かされるなんて、もうまっぴらごめんだ!
井戸までやってくると、そこには先客がいた。
は自分の袖で顔をごしごしこすってから、その人に声をかけた。
「食満、何してるの?」
食満は振り返らず井戸の釣瓶をいじっている。
「ん〜?か?……と、用具委員の仕事で、ここの釣瓶直してるんだよ」
「え?まだ時間かかっちゃう?」
「いや、すぐ終わるけど……水か?」
「あ、うん……ちょっと顔洗いたくってさ」
「どうかしたのか?」
くるりと、振り向く食満には、泣いていたために少し腫れてしまった目を指さして笑った。
「目、腫れちゃって」
から笑いをするをみて、食満は眉根を寄せて、再び釣瓶の方へと向き直ってしまった。
そして、ぶっきらぼうに言い放った。
「なんだよ、また仙蔵か?」
「……なんで?」
「……最近が泣いてるのそればっかだろ」
「そう……かもね」
からりと、釣瓶が音をたてた。
不意に、の視界が真っ暗になってなにかに包まれている感覚に陥る。
食満がを抱きしめ、自分の胸に彼女の顔を押し付けていた。
ぎゅうっと強く抱きしめる。
「この、馬鹿……俺だったら、絶対、絶対にを泣かしたりなんかしない」
「……食満」
「俺だったら……」
そうして、より一層力強くの細い体を食満は抱きしめる。
今まで何度こうしたいと考えてきただろうか。
自分の腕の中にがいる。
「わりぃ……ずっと、好きだった」
「………ずるいよ」
の表情をうかがうことはできないが、抱きしめたその体はかすかに震えている。
なんて、ずるい男だと食満は自分自身でも思った。
こんなにが弱っている時を狙ったかのように、自分の気持ちをぶつけてしまうなんて……
それでも、の赤くなった目を見たときにいてもたっても居られなくなってしまった。
普段の印象と違って、今自分の腕の中にいるはひどく小さくすぐにでも壊れてしまうかのように感じられる。
「け……ま、私」
微かに胸を押される感触に、少し腕の力を弱めた。
こちらを見上げてくるの顔が見えて、その柔らかな唇が動くと思った瞬間、
「食満ぁあああああああ!きっさまあああああああああ!!!!」
とんでもない早さで飛んできたアヒルさんボートの頭が俺に直撃した。
「いっっっっ!!!!!!っでぇええええええええ!!」
「わっ!!?せ、仙蔵!?」
すごい速さで長屋の方から仙蔵が走ってくる。
今まで見たこともないような、真っ黒いオーラを放ちながらあっという間に二人の元まで来た仙蔵は、頭を押さえて痛がっている食満の胸倉をつかんだ。
そして、ものすごい笑顔で言い放った。
「おい、てめぇ、私のに手を出そうとしたな?殺すぞ?」
あまりの棒読みすぎる台詞に逆に聞いているこちらの恐怖は増していく一方で。
「お前はこのアヒルとでもアヒルプレイでも何でもしていろ」
仙蔵はすぐそばに落ちていた自分で先ほど投げつけたアヒルの頭を鷲づかみにすると、そのくちばしを無理やり食満の口の中に突っ込んだ。
「んおっ!!?ふぁ、ひゃにぃふぅるぅふぁんふ!!!」
「ははは、何言っているか分からんな。私はな、そんなに盛っているのならあひるでも何でも使えと言っているんだよ、食満。……だがな」
一瞬にして仙蔵の顔から笑顔が消えて、ぎろりと食満を睨みつけた。
「に手を出してみろ?お前が生まれてきたことを三度は後悔させてやろう」
「ん”ん”!!!!!?」
仙蔵が手を離すと、若干放心状態の食満はそのまま地面にへたり込んだ。
まあ、あんなに至近距離で仙蔵の毒気を受ければそうなってしまうのも仕方がないだろう。
そんな食満を意地わるい笑みを浮かべてから一瞥して、仙蔵はに向き直った。
「さて、と……」
「ひっ……な、なによ」
「私が嫌いなことをひとつ教えてやろう」
「……ん」
「私はな、」
の顎をとらえて、その頬を舌先で弄ぶ仙蔵は至極楽しそうに喋り続ける。
「私のモノを、他人にやすやすと触れられるのも盗られるのも揺さぶられるのも」
「ぃあっっ!?」
がじりと、首筋には歯を立てられる。
「嫌いだな」
「だ、だって!仙蔵が!!!」
「ほう…まだ口答えすると?」
「……わ、私縛られるの…い、いやなんだもん!」
「そうか」
すっと、自分から離れた仙蔵を不思議そうには視線で追った。
「それじゃあ、外ならばいいな」
ぞくっと、恐怖がの背筋を走り抜けた。
しかし、絶対的に反抗できない笑顔を浮かべる仙蔵に、息をのむばかりで。
「さあ、行くぞ!ついてこい」
有無を言わさず、どこかに連れていかれてしまったであった。
「ふぁぅ……ふぁふぁふぁりぃあう〜〜〜」
(くそ……ぢくしょー〜〜〜)
食満が泣く泣くデバガメしている姿が何とも痛々しかったそうだ。
終
ファイター夢はねーよと言われていたので、これで。
アヒル頭と食満と仙様です。
迷える子羊はぜひとも仙様になびいてやって下さいw
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