甘い泥の中で 今日も、に愛し合いたいと、申し込んだら断られた。 俺のなにがいけないのか分かりもしない。 「!今夜はギンギンに愛し合おう!」 「答えは否です」 「なっ!!?」 「むしろ、危険人物文次郎!近づくな!!」 止める暇もなく、走り去っていくの背中に伸ばした手が虚しく空を掻く。 肩に置かれた手に振り返ってみれば、同情に瞳を潤ませた小平太が首を振っていた。 むしろ、その後ろで机を思いきり叩きながら大笑いしている食満留三郎に頭の中が沸騰した。 「食満、てめぇ!何笑ってやがる!!」 「だーっははははははは!!さすが、潮江文次郎!!」 「ふっ、文次郎……流石すぎるぞ」 「〜〜〜〜っ!!」 仙蔵までも、笑ってる。 「ちゃんのあの様子、恥ずかしがってるとかじゃなかったよね」 伊作の野郎……心配しているようで、ぐさりとくる言葉を……。 とりあえず、食満の胸倉を思いきりつかみあげて凄んでみたが、一向に食満は笑いやまない。 怒りの頭突きを喰らわせて、食満を撃沈させてから不機嫌を込めに込めて長次の横に座った。 「……なんだよ長次」 「…………」 かろうじて聞き取れた長次の言葉は「場所と時を見極めろ」だった。 まだどんどんと募っていく憤りに、今夜の鍛錬はなんも考えられなくなるぐらいにみっちりやらなくては。 「ギンギーン!!!!」 「いきなり叫ぶな!!!」 体を引きずるようにして、長屋の廊下を歩いた。 本当に、今夜はもう無理だと言うくらいに体が重い。 匍匐前進で裏山まで行き、延々と土遁用の穴を掘ったり、手裏剣の練習をしたりと、技術体力共に鍛えに鍛えたおかげで、さすがに不快感を覚えるほどまでに汗と泥まみれになった。 体力の限界ぎりぎりの中、また匍匐前進で学園まで帰ってきて、そのまま湯殿へと直行した。 温くはなっていたが、湯につかり体の汚れを落とすのすら億劫になるほどだった。 濡れた髪を拭くのすらだるい。 中途半端に濡れたまま、部屋へと向かっているせいで、濡れた髪から雫が首筋を伝う。 やっと、部屋の戸に手をかけて中に入ると、部屋はいつものように真っ暗だった。 微かに、仙蔵の立てる寝息の音が聞こえる。 ありがたいことに、俺の布団も敷いてある。 そのまま、自分の布団に倒れ込んだ。 「……」 「……」 不自然に膨らんだ布団。 俺の枕に置かれた顔が、じっとこちらを見ていた。 「……お前、何やってんだよ」 「……文次郎こそ」 ため息にすら似た小声で、間近に震えるの声。 「」 「布団、入んないの?」 「……入る」 布団の中に体を滑り込ませると、の温かい体が冷えた俺の体にぬくもりをわけてくれる。 「文次郎、まだ髪濡れてるよ」 「…おう」 額に張り付いた髪をひと房を、くすくすと笑いながらの手が払う。 自分の布団から、ふわふわとしたの柔らかい香りが漂ってくる。 「、好きだ」 「うん」 体を引き寄せて抱きしめると、苦しいと胸板に手を這わせてくる。 まさかいるとは思っていなかったに、心臓は壊れてしまうほどに早く鼓動を繰り返えしている。 「寝ようか?」 「……」 「疲れたんでしょ?」 「む」 優しい眠りの波が、曖昧にしていく頭の中。 抵抗し難いそれと、自分の腕の中にようやくきてくれた。 「一緒に寝ようって思ってきたんだから、一緒に寝よ?」 「……分かった」 明日。また、明日もあると思って、の言葉に甘えることにした。 の首筋に顔をうずめて、体温や匂いや柔らかさに鼻先を擦りつけた。 擽ったそうに体を捩るが、逃げようとはしない。 愛くるしい。 「文次郎、大好きだよ」 甘い泥の中に塗れて、眠りに堕ちていった。 終 「……、お前昨日の夜」 「え?仙蔵と喋って待ってたよ?」 「………」 鍛錬になんて行かなければよかったと、初めて後悔した。 |