風切った羽根 空を飛びたいと言ったとき、馬鹿じゃないのかと言って大笑いした大人たちはみんな死んでしまえと、睨みつけた。 それなのに、いつまでたっても私はさっぱり飛べやしない。 くそったれ、と天に唾吐いて笑ってやった。 そうだよ、いいこと思いついた! 夜の木々を微かに揺らしながら、殆ど音も立てずに移動する影はまるで自分がそこにいることを主張するようにギンギンと雄たけびを上げながら飛び回っていた。 それでは、闇に隠れようとも全く意味がない。 自己主張の強い隠者だった。 木から木へ、枝から枝へと、最後に着地したのはやっぱり硬い地面の上だった。 微かに荒げた息を押し殺しているのは、さすがと言ったところだろうか。 「ふふ、これで俺はまた一つ強くなった……」 額の汗を拭って、にたりと微笑んだ顔が壮絶なものだと誰が気付こうか。 しかし、文次郎は全く気付いてもいなかったが、それを見ているモノが一人、いた。 にたりと、同じような笑みを浮かべたそれは、木々の端から器用に身を乗り出して上から文次郎を眺めていた。 見られているとも気付かずに、文次郎は両の頬を軽くはたき、気合を入れた。 もう一本走ろうかと思った矢先、不意にそれは文次郎に声をかけた。 「おい」 「あ?」 どんな時でも平常心と思ってたはずの、文次郎でさえ一切の気配を掴むことなかったそれから声をかけられた瞬間、驚いたのか隙が出来た。 するりと、枝を掴んでいた手を離し文次郎の上に落ちたそれ。 殆ど体重も感じさせずに文次郎の首っ玉に腕を回して、ぶら下がった。 「ななななんだ!お前は!!」 「うわ、唾飛ぶだろ!……むふふー」 不敵な笑みを浮かべたそれに、文次郎は何か嫌な予感を感じた。 それはまさしく、仙蔵に時折感じる悪寒によく似ていた。 「なあ、お前。私とまぐわおう!」 「………」 「なー!なー!まぐわおう!?いいだろ?な?」 「………」 「お!いいんだな!いいんだな?よしきた、さっそくまぐわうか?」 にたりと、笑みを浮かべてそれは唇を恥じらいながら突き出した。 そして、首筋に巻きつけていた手は怪しく素肌を味わおうと、着物の中に滑り込もうとしていた。 文次郎は、そいつの頭に拳を振りおろした。 「こんのぉ!バカタレええええ!!」 「いっでーーー!!」 「突然出てきて、お前は何言ってやがる!ま、まままっまままま」 「まぐわう?」 小首をかしげて、ことさら可愛らしく言って見せるそれに再び鉄拳が下った。 小気味がいいほどにゴンと音を立ててふってきた拳に、また叫び声を上げて頭を押さえこんだ。 「いだい〜〜!」 「バカタレ!忍者の三禁がなっとらん!お前も忍者のはしくれなら、俺がお前を叩きなおしてやる!」 「え?」 「こい!!」 「え!?ええ!」 文次郎はそいつの襟首を掴むと、思いきり走りだした。 引きずられるように、足をばたつかせているそれは苦しさよりも、なにより戸惑っていた。 「貴様、名前はなんだ!」 「あ、う、、だ!」 「ふん、か。まあ、なんだっていい。ギンギンに、お前を叩きなおしてやる!!」 「お、お前の名前は!?」 「潮江だ。潮江文次郎だ!」 「ふふ、文次郎、もんじーろおー」 「うるせえ!男がヘラヘラ笑ってんじゃねぇ!」 一喝されてしまった。 それなのに、の頬は緩んでいた。 それはそれは嬉しそうに、笑っていた。 の様子に気付きもしない文次郎は、いかにこいつの性根を叩きなおしてやるかギンギンに考えながら走っていった。 まだ、夜明けは遠い。 続 まあ、息抜き程度の短いものらです。 ばかばかしいものにします。← できれば^^ まぐわうが分からないよい子はそのままのあなたでいて下さい^^ |