理 部屋に入った瞬間、あまりの暗さに目がくらんだ。 それがいけなかった。 不意に生まれ出た殺気に咄嗟に反応できたのはまさに、運が良かったとしか言えない。 「はっ……」 浅く息を吐き出して、上体を思いきり反らしたおかげで鼻先で奴の拳は空を切ったが、あまりの勢いのせいでそのまま仰向けに倒れてしまった。 強かに背中を打ちつけてしまい、肺の中から空気が絞り出される。 小さなうめき声を上げる暇もなく、手に触れた物を掴んで体を反転させ、奴との間に距離をとった。 そして、倒れた本棚だか何かの影に身を隠した。 「」 私の名前を呼ぶ声は、切羽つまっている。 だからと言って、おめおめとあいつの前に出ていくわけがない。 手元を見て、隠しもせずに舌打ちをする。 変に重いと思ったら、馬鹿みたいに重いそろばんじゃないか。 ―タンッ ぞっと、背筋が冷えた。 頬をかすめて壁に突き立った鉄製の棒。 柄に紐が通っているが、途中でぶち切られている。 どうやら、火箸の片割れの様だ。 得物があと一つだと分かっていれば、なんとかこのそろばんで対抗できるかもしれない。 「潮江……文次郎!!!!!」 雄たけびにも悲鳴にも似た叫びを上げて飛び出した。 目をギラギラさせて不機嫌な顔を隠しもしない文次郎が、火箸の片割れを持ってそこにいた。 暗闇に慣れた瞳で、さっと部屋の中を見回すと普段のこぎれいに片づけられた部屋とは打って変わって荒れに荒れていた。 そんな惨状を気にもせずに、部屋の主は火箸を片手に構えた。 私も、それに対応してそろばんを両手で構える。 がちりと、幾度も金属同士がぶつかり合う音が響き、拳が鳴り、笑みが刻まれた。 しかし、なにぶん得物が悪かった。 「ぐっあっ!!!」 重さに振り回されていた私は、文次郎の回し蹴りを綺麗にもらってしまった。 一瞬体が宙に浮き、すぐさまに壁へと肩からぶつかっていった。 痛みで目を白黒させている私の目の前に突きつけられた、火箸の先端。 「はぁ……はぁ…」 「くっ…あ…」 痛みに悶えている私を見て、悠然と笑みを浮かべた文次郎。 火箸を首筋にあてがってくるもんだから、そこの皮膚がひきつる。 「」 口の中を切ったのか、文次郎の唇の端からはうっすら血がにじんでいた。 ざまあみろ。 しかし、空いた手で文次郎に拭われた私の頬からも血が垂れていた。 それをさも愛おしそうに親指の腹で拭うと、文次郎はそっと顔を近づけてきた。 「俺の、勝ちだ」 「さい…てい」 「」 「文次郎」 言葉とは裏腹に熱っぽく互いを呼び合う私たち。 既に熱くたぎった体はもう、我慢なんて必要ない。 ぐちゅりと、音を立てて口付けをすれば、互いの血の味ばかりが引き立った。 荒い息を吐きながら、絡みあう視線。 「俺の勝ちだ」 宣言するように言われたその言葉が意味するのは、文次郎が優位に立つということ。 勝てば、自分の好きなように。 負ければ、相手の言いなりに。 それが二人の間の決まり。 にっと、釣りあがった唇は何を言い出すか。 ぞくりと、背筋に寒気が走った。 「咥えろよ、」 それが、快感なのか、期待なのか、嫌悪なのか分からない。 終 ぼこり合い |