愛の臆病者 「おい!」 「なによ!」 私のことをそうやって呼び捨てで呼んでくれるようになったのがいつだか、きっと文次郎は覚えていないだろう。 私は、全身という全身から湯気が出てしまうほどに嬉しかった。忘れるわけないでしょう? だけど今は、噛みつくように返事をしてやれば、無理やり手首を掴まれて引っ張られる。 あんまりだと、思わず鼻の奥がツンと痛くなった。 だけど、ここで泣いてしまえばまた「お前が弱いから」だの「これだから女は」などと言われてしまう。 その一言一言がどれだけ私を傷つけているのか。きっと文次郎は、血まみれな私を見ても気付きもしないだろう。 だけど、それは私の友達も同じだったようで、したり顔を並べてひらひらと手を振って来る。 そうして、きっと机に残してきた私のおやつは彼女たちの中で仲良く分配されてしまうのだろう。 そんな些細なことすら、今の私には大打撃だった。 「文次郎!痛い!」 「うるせぇ!」 それでも、ほんの僅かに手首をつかむ力を緩めてくれているのは愛情のしるしだと受け取っていいのでしょうか? ぐいぐいと引っ張って行かれるのは、いつもの通いなれた道。 どうせ、この道が続いているのは甘ったるい私が期待している物など一つもない、文次郎の部屋。 嫌だいやだいやだ。 そう思いながらも、ずるずると引きずられてそのまま連れて行かれる。 こんな私の抵抗を見ているのに……本当に文次郎は何を考えているのかわからない。 私のことなんて何一つ分かっていやしない癖に。 「」 部屋の中に引きずり込まれ、畳の上に乱暴に倒される。 痛いという、痛覚すら理解できないのかこの男は。 後ろ手で性急に戸を閉めた文次郎が、さっそく私の上に覆いかぶさって来る。 「やだ!やだよ!馬鹿文次郎!ばかたれ!」 「」 乱暴な手つきの文次郎に反抗すると、今度はこれだ。 さっきまでの文次郎とは打って変わって、一瞬瞳に不安がよぎる。 そして、切なく私の名前を繰り返し読んでくる。 ああ、本当に泣きたいのはこっちの方なんだよ。 私のこと、好きでもない癖に。 「文次郎の…ばか」 「…」 そっと、頬を大きな文次郎の手で包み込まれる。 熱っぽい目つきで、何かを確かめるように音を立てて何度も口付けを振らせてくる文次郎。 悔しくてしょうがないけど、くすぐったいような気持ちよさに、体はだんだんと素直になっていってしまう。 いつの間にか掴んでいた筈の文次郎の両手首から、すがるように文次郎の胸に頬を寄せていた。 何も見えないようにと、顔を押し付けて一切を拒否する。 なにもない真っ暗な場所。 あったかい、ぬくもりと、大好きな文次郎の匂い。 どくどくと、鼓動が私の頭の中を支配する。 「」 ぎゅっと、唇を噛みしめて絶対声なんて出さないようにする。 それが、抵抗だって気づいてよ。 体が倒れる感覚も、全部闇中で行われていく。 せめて、体を離さないのが彼の優しさとでもいうのでしょうか? 前戯もそこそこに、熱が宛がわれる。 「なぁ………いいか?」 「……んーん」 顔を擦りつけるよう振る。 くつくつと、押し殺した笑いがすぐ目の前で鳴る。 どうせ、嫌だっていってもやる癖に、どうしてわざわざこいつは私に断りを入れるのだろう。 そうやって、自分を正当化したいの? 「んッ……」 「、我慢できねぇよ」 先っぽが少しだけ中に埋まる感覚に、思わず身をよじる。 それが、逆に文次郎のことを刺激してしまったようで、少し苦しそうな荒い息が聞こえてくる。 「今すぐ、の中に入りてぇんだ」 「ふぁっ!?」 ぬるぬると、割れ目に擦りつけられる文次郎の熱が精一杯我慢していると、主張してくる。 二人分の体液が二人の間で混ざり合う感触が好きなのを、きっと文次郎は知らない。 だから、結局は勝手に突っ込んできてがつがつと、腰を振り始める。 体が揺すられて、あれほどに堪えていた筈の涙は、生理現象としてぽろぽろとこぼれてくる。 「くっ…熱い…の中、すげぇ、熱い」 「はぁはぁ…んっ、あぁ…ぅ」 どうせ、出したいだけならどうして私を選ぶの。 やめて。 体のいい道具なら、他で探してよ。 お願い。 真っ白にスパークしていく頭の中、また前後も分からない闇の中に堕ちて行った。 あなたの隣にいる自分がもう、うまく思い浮かべられないの。 「……」 事の激しさのせいか、いつもの様に意識を飛ばしてしまったの額を文次郎はそっと撫ぜた。 うっすらと、赤くなった頬に口付けを落す。 「、愛してるんだ……」 まるで、壊れ物を抱き込むように文次郎は、を抱きしめた。 終 うまく愛情表現が出来ない文次郎最高。 すれ違う二人。 一度も好きだとかまっすぐに言えないから、すれ違いが起きるとも気付けない馬鹿な文次郎。 精一杯の優しさのつもりが、傷つけてばかり。 求めることが、愛情か。 さあ、どうやったらこの二人は幸せになれるんだろう。 |