ヒトというもの



































飛び散った、血。
無感情に見下ろす。
そっと、目を閉じた。
その時に思い出したのはあいつの顔だった。
























「どうして?」


激しい怒声とともに、壁に打ち付けられた拳はか細く震えている。


「しょうがねーだろ」


まともに、の顔を見ることすらできない。
自分だって、どうしていいのか、言っていいのかすら分からずこんな状況を迎えてしまったのだから。


「文次郎、どうして?せめて、言ってくれてもよかったのに!?」


ほとんど、泣いている声に近かった。
そんな声にさせているのが自分だって思うと、また余計に罪悪感やいらだちが募ってくる。


「言えるわけねーだろ!!」


自分でも、どうして言えないのかという理由を見つけられないまま部屋を飛び出した。
そして、そのままに会うこともなく与えられた仕事へと向かったのだ。


























六年になれば、与えられる仕事も危険なものが増えてくる。
それに、汚い仕事も。
俺は、己の汚い両手を眺める。
ああ、真黒だ。
赤は空気にふれるそばからどんどん黒ずんでいって、しまいには俺の両手は真黒だ。
黒くて、黒くて、元の色が黄色なのか、白なのか、黒なのか、それとも鮮やかな赤なのかわかったもんじゃねぇ。
ごしごしと真っ黒な忍び服で両手をぬぐった。
それでも、やっぱり夜だから俺の両手がどんな色をしているのかなんて分からなかった。


「くそっ」


すぐにでも、学園に帰って風呂にでも入りたいと思うが、先日のことを思い出してしまい、帰ることができない。
運が、悪かった。
まさか、が俺のことを待っているだなんて思いもしなかったんだよ。
血にまみれた俺を見て、傷がないか心配してくる
こんな姿、見られたくなかった。
他の誰でもない、、お前に見られたくなかったんだよ。































仕方がなく、裏山にある小さな滝に行った。
冷たい水の中に、そのままどぽんと飛び込んだ。
このまま、全部消えてなくなればいいだなんてバカげたことを思う傍らで、のことを考えた。
なあ、俺を見ないでくれよ。
こんなに汚い俺を。
水から上がると、煌々と光り出した月が俺の体を水よりも冷たく濡らした。


「まるで、獣みてぇじゃねーか」


乾いた笑い声をこぼして、俺は両ひざを抱えて座り込んだ。
ああ、どんな顔をして会えばいいんだよ。


「違う。文次郎は獣なんかじゃないよ」


全く気配など感じさせずに、は俺の背後にいた。
驚いたが、振り向く事が出来なかった。
もしかしたら、まだこの両手は黒ずんでるかもしれないのに。
体が濡れるのも構わずに、後ろからに抱きしめられた。


「獣なんかじゃない」
「……」
「獣は、辛いって思わないよ」


じわりと、にじんでくる。


「文次郎は、人間だよ」


肯定される言葉。
だけど、俺は幾人も殺めたんだぜ?


「人間だから、悩むんだよ」


ぎゅうっと、柔らかな感触が背中を満たしていく。
ああ、俺は……


「大丈夫、嫌いになんてならない」


こんなにも、が愛おしい。


「文次郎」



が恋しくて仕方がない。
俺は、人間でよかった。




















































恋しいと思うのは、俺が人間だから。
辛いと思うのも、君が人間だから。

君と愛し合える人間でよかった。