衝動






























空に掛かるはずだった月がどこにも見えないせいなのか、はあまりにも唐突に目を覚ました。
乱れているわけでもない呼吸、嫌な汗をかいているわけでもない。それどころか、夢すら見ていないのにどうして目が覚めてしまったのだろうと、首をひねりながらもどうにも寝つけずに結局は体を起こした。
咽喉が渇いている、気がしなくもない。
そうだ、どうせ眠れないのなら少し散歩でもしようか。
冷え込んできた外を気にしてはそばに置いてあったどてらを引き寄せて肩に羽織った。
暖かった布団から出てしまえば、どんどん夜気にぬくもりを奪われていく。
その時、ようやくは何かの予感を感じ取った。
何か、もしかしたら、あるのかもしれない。
そう、何かが。
いくつかの予想に思いを巡らせてから、は部屋を抜け出した。



























色濃く自分からはなれない「臭い」のせいで、鼻がばかになってしまったようだ。
どうしたらいい?
この滾る血を肉を骨を。
意味もなく全力で木の幹を蹴りあげて、上へ上へと飛び上がる。
そして、風に任せて落下しては、両の腕を使って枝に掴まり帰るべき場所へと向かう。
それでも、聞こえてくるのは葉と葉がこすれ合う音や、獣の唸り声、空気の冷える音あとは、無音。
硬く食いしばった歯を開いてしまえば、場所も考えずに雄たけびすら上げてしまいそうだった。
早く早く早く。
この熱をどうにかしたい。
今はそればかりが頭の中で回転を続ける。
爪が指が四肢が硬く地面に食い込んで、加速する。
学園の高い塀をいともなく乗り越え、近くの植え込みに身を紛らせた。
音もほとんどさせずに隠れてみたが、そんな必要はどこにもない。だが、体の疼きが収まりきらない。
それなのに運悪く、井戸端に人影を見つけてしまった。
つるべが虚しい音を立てて、水をくみ上げている。
ぞぶりと、体の奥から衝動が沸き起こる。
おさまりきらないそれが、あふれ出す。
一気に体を跳ね上げ、気の抜けていた獲物に襲いかかった。
突然の襲来に反応も忘れて茫然と組み敷かれるその人影。
頭巾で覆われた顔から覗いているギラギラとした黄色い双眸が、組み敷いたそれに向けられた。
くぐもった声が、上がる。


?」


その声に聞き覚えのあったは、息をのんだ。
押さえつけられた手の下で唇が言葉をなんとか紡ぐ。


「こへ、いた」


ぐうっと、彼女の顔を確認するかのように小平太の顔がに近づいた。
そして、残酷な笑みを浮かべて口元の布をずり下げた。
露わになる犬歯が闇の中で光っている。


「はっ、


ぞわりと、肌が粟立った。


「はは、なんだか。そうか、そうか」


ひとり合点して笑いをかみ殺しているせいで、くつくつと小平太の咽喉がなっている。
突き出した咽喉仏が上下するのをは、今にも泣きだしそうな目で追いかけていた。































例え恋人同士といえども、そこにあるのは愛とか好きだからだなんて可愛らしい感情だなんてものじゃない。
ただ、ただ刹那の破壊衝動。
暴力と苦痛だけを相手に押しつける行動。
血の臭いにおかしくなった鼻を擦りつけての匂いを嗅ぐ。
からからの唇で彼女の唇に貪りつき、唾液を舌の上でからませて味わう。
噛みついては、滲み出てくる朱を嬲る。
狂おしいまでの歓喜が全身を駆け巡る。
そう、これだ。と、体と本能が叫びをあげる。
そうこれだ。俺の欲しかったものだと。


「ヒッ、あ……ぐぅ」



狂ったように、この衝動をにぶつける。
全身の血が沸騰するほどに熱い。
手にはまだ感触が残っている。
最期の一息の音を覚えている。
無感情までのあの瞳を見ている。
泣き出しそうなのか、楽しくてしょうがないのか、自分でもわからない唇の歪みを布の下に隠して鈍い光を突き立てた映像が頭の中で繰り返され、目の前で苦痛で眉根を寄せて声を押し殺していると重なる。
股ぐらを互いに擦り合わせて、滑る感触がたまらなくなってきた。
このままの全身を串刺しに貫いてそのまま果ててしまいたい。
は許してくれるだろうかだなんて、普段だったら考えるはずなのに全くそんなことも考えずに自分の都合で勝手に果てる。
奥へ奥へと律動を繰り返し、堪えていたモノすべてをの中へと解き放つ。


「くぅ……は、ハハ」
「ふっ…あ、いた……あつ、い……こへ」


柔らかい肉がもっとこの衝動を求めているのか、私自身を締め付けて吸い上げてくる。
たまらず、顔を崩しての目じりを滑り落ちる涙をすくいとった。
それは、生理的現象だなんてものじゃなくて、ただの苦痛の涙で、ひどくしょっぱかった。


?」


不意にの両腕が私の首筋に巻きついてきた。
そして、近づく二人の距離。


「こへ、いた……」


その声には批判とか怒りとか何にもなくて、ただただ温い声だった。
額を私の頬に擦り寄せて、もうそれ以上何もいわない
まるで、今までの全身を駆け巡っていた衝動がまるで嘘の様に溶けていく。
ふっと、体から力が抜けてそのままを下敷きにして倒れこんだ。
柔らかいの体。
それが目の前にあることが夢のようだった。
ああ、今夢から醒めたんだ。


…」
「大好きだよ」


嘘の様に甘く口付けを交わしてもう一度、腰を動かす。


「ごめんな」
「うん」


ああ、まだあかときはこないだろうな。
こないでくれ。
まだ、隠していてくれ。
お願いだから。





名前だけでも呼ばせてくれ。

















































自分でもどうしようもできない衝動。
それをどうして抑えられようか。

補足
あかとき=あかつき

興味がありましたらどうぞ古典辞書とかで。