真心と、ちょっとの下心 かしかし…… あ、なんか手がかゆいかも。 そして、痛いかもしれない。 手の甲をまじまじ見詰めてみると、ああ、やっぱり。 赤くなって、細かく切れ目が入ってた。 「しまった。しもやけ?あかぎれ?」 理由を探してみて、一つだけ思い当った。 「ああ、竹谷と一緒に水槽洗った時か」 そうそう、先日の生物委員会の時に寒い中井戸端でざぶざぶ水槽を洗ったんだった。 かわいい後輩たちの手が赤くなるのはかわいそうだったから一手に私と竹谷で洗って、その間に他の子たちは孫兵の逃げ出したペット探索を任せたのだ。 「あー、かゆいなぁ……」 悪い癖で、かしかしと一度気になると指で触ってしまう。 「いっ!」 痛いと思った時には手遅れで、手の甲にうっすらと血がにじんでいた。 しまった。 かゆいし、痛いし。 本当、私って運が悪いなぁ。 「それで?」 「うん、なんか塗り薬でももらえたら嬉しいんだけど」 にこにこと愛想笑いを振りまく私と違って、伊作はにこーっと微笑んだ。 う、目が笑ってない。 「ねえ、ちゃん」 「なんでしょう伊作さん」 手首をがっと掴まれて、引っ張られる。 正座している膝が少し崩れて、前のめりになった私は必然的に伊作のことを下から見上げる形になる。 「どうして、掻いちゃう前に来なかったの?」 「あ……い、や…ね?」 「ちゃん、この前もそうやって結局ひどくなってから留三郎に連れられてきたよね?」 「そ…れはね」 「あれ?先週は毒虫に刺されたの平気だって放っておいて、文次郎に引っ張られてきたんだよね?」 「そ、れは」 「その前はなんだっけ?」 にっこりと、微笑む伊作に私がかなうわけながないんだ。 「……その前は、穴の中に落っこちて足をねん挫したのにほおっておこうとしたのを、仙蔵に見つかってここまで担がれました」 「そう。そうだよね。他にもいろいろあるけど」 くうっと、手を引く力が強まる。 私は、伊作の膝に倒れこまないように、正座の姿勢のまま必死に耐える。 「そのたびに私言ってるよね?怪我、病気などにかかった時は」 「すぐに伊作の所に行く」 その通りと、伊作はようやく手を離してくれた。 そして、くるりと後ろを向いて何やら探しだした。 ああ、よかった。 お説教タイムは終わりのようだった。 小さな小瓶を手に振り返った伊作は、もういつもの少し困ったような顔をして私に手を差し出した。 「はい、ちゃん。手、出して」 「はーい」 両手を差し出すと、少し血がにじんでいるのを見て伊作は眉をしかめたが、黙って綺麗な布で血を拭って、小瓶の中に指を入れた。 「あ、冷たい」 「我慢、我慢だよー」 「はーい」 ひやりとした感触が広がる。 「あ、」 「んー?」 手際よく私の手に軟膏を小瓶から出して、乗せていく。 その時にふわりと香った匂い。 「なんか、これいい匂いしない?」 「ふふふー」 普段、伊作が作る薬と言えば、よくわからない臭いがしたり、強烈な臭いがするはずなのに、今塗ってくれている軟膏からはそんな臭いがしない。 柔らかい、花の香り。 「花?」 「ちゃんがこの前好きだって言ってたから」 「あ」 思い当たる節があって、思わず顔がにやける。 「わざわざ調合してくれたの?伊作優しいからだ―いすき!」 「どーいたしまして」 「って、うぁ」 「はいはい、おとなしくしててー」 伊作の両手が私の両手を包み込んで、手に乗せた軟膏を広げていく。 くちゅりと、音を立てて軟膏が手に擦りこまれていくけど…… ぐちゅり、くちゅう 「い、伊作」 「ん?な、なあに?」 「これさ、」 「うん」 その間も休むことなく、伊作は薬の滑りを利用して私の手をなでなで。 「つけすぎじゃない?」 「そんなことないよ」 なんていうか、うっすら伊作の顔が赤いんじゃないかって思うのは、私の気のせいでしょうか? そして、目が泳いでるよ、伊作さん。 「伊作?」 「ちゃん」 「ん?え?」 「この軟膏後で、あげるから」 「う、うん…」 「めりーくりすます」 「え?」 ことさら伊作の顔が真っ赤になったのを見て、やっぱりなんかあるんじゃないかと一人勘繰ってしまった。 私にはわからない言葉を言った後の伊作は、真赤な顔のまま手を休めることなく、にこにこ笑っていた。 終 08年メリクリ企画 |