雄弁な彼








































目を細めると、それだけで月が見える気がした。
暗闇の中に弓なりに光が零れる。
その光の中で、微塵も動かない彼に手を伸ばす。


「長次」


果たして、口の端に上らせただけの声が彼に届いたのかわからない。
それでも伸ばした指先を迎えるように包み込んでくれたぬくもりに、確かな愛を感じてしまった。
心臓が音もたてずに、ひそやかな喜びを全身へと送り続ける。
そのまま、光は弱まり暗闇が、脳内を支配する。
頬に触れる、荒れた指先。鼻と鼻がすれ違う。べろりと舐めあげられた唇。


「ん」


自分ばかりが声を上げてしまうのが、恥ずかしいと言えば長次は静かに微笑む。
その、言葉をふんだんに隠している笑みこそが、返事だ。
幾通りもの言葉の筋道をたどらずとも、彼が言いたいことは直接的に伝わってくる。
まるで、小平太がご飯を食べて「うまい」と喜びの叫びを上げるように。
その点では、長次と小平太はよく似ている。
違うのは、声を発するか発しないかだけ。
みんなが長次は無口だと言うたびに、ちょっと優越感。
私は知っている、だから言葉を感情を拾い上げて、私は長次と触れ合う。


「長次、長次」


誰かに聞かれたら馬鹿だと笑われるかもしれないが、こうして二人で互いの着物を脱がせ合うときに、私は幾度となく彼の名前ばかりを読んでしまう。
不安だからじゃない。
長次しか見えないからだ。
口付けの合間合間に名前をこぼして、そして、素肌に触れあっていく。
くすぐったさに身をよじりながら、胸一杯に長次の匂いを吸い込む。
耳元で同じように長次が深く息を吸う音がする。
きっと、長次の中も私の香りで充たされていくのだろう。


「長次、私たち」


長次しか見えない瞳を開いてみても、やっぱり長次しか見えなかった。
目の前で、瞬く彼の瞳孔。
それだけは、小さな小さな呟きとして零れ落ちた。


「ひとつになりたい」