帰りたい
ざあざあと、雨が降る音が耳を犯す。
顔に当たる大きな水滴が目に入るのも気にならなくなった。
ただ、顎に水がたまるたびに片手でぬぐって、水気を切った。
服などもう意味を持たずに、重いと感じてしまうほどに水気を含んでいた。
いつだったか、文次郎に付き合って夜に鍛錬をした時、池の中で一緒に寝たことがあったがあのときよりも、今の方が気持ちいい。
躍動する筋肉。
足を振って、腕を上げて、走っていた。
私は、雨は嫌い。
だけど、こんなに思いっきりずぶ濡れになるのなら話は別で、爽快感が体を貫く。
闇の中をずぶ濡れになって走る。
方向感覚がおかしくないのなら、向かっている方向に間違いはない。
学園長先生に頼まれていた「おつかい」の帰り道。
とりわけ急ぐことでもないから、報告は明日で大丈夫だろうし。
それよりも今は、彼に会いたい。
夜中なのも気にせずに、目当ての部屋の前にたどり着いて軽く戸を叩いた。
中から人が出てくるまで、頭巾と足袋を脱いで、縁側で絞ってみた。
絞ると、雑巾みたいに水がたくさん絞れて笑ってしまった。
「……」
「あ、長次!」
「…どうした」
「すごい雨だったけど、走って帰ってきちゃった」
ともかく入れと、無言で促されて中に入る。
中には七松はいなかったから、どこかで鍛錬しているのかもしれない。
寝巻の長次は、ばふっと私に手ぬぐいを投げてくれた。
「…風邪ひくぞ」
「うん、あのさ、じゃあ拭くから脱ぐね」
「」
長次は呆れたようにため息をついていたが、彼に背を向けて私は自分の着物に手をかけた。
こうして、雨に打たれない場所に入ってしまうと体に濡れた着物が張り付いて気持ち悪かった。
「ね、すごい濡れてるでしょ?すごかったんだよー」
「……」
「だけど、すっごい楽しかった!」
私は、長次に絶対の信頼を置いている。
だから、こうやって長次の前で着物なんて脱いじゃっても、彼が襲ってこないって知ってるし、呆れた顔をしていても、嫌われないって思ってる。
甘やかすから、甘えてしまうんだ。
乾いた手拭いで体についている水滴をぬぐって行くと、ようやく不快感は消えていった。
「ねえ、悪いんだけど長次。女装の時とかに使ってる女ものの着物か、なにか羽織れるようなものあったら借りたいんだけど」
「」
「ひゃっ!」
予想していない真後ろから突然、長次の声がしたから驚いた。
びくりと体を震わせた私はほとんど何も身につけていない。
かろうじて、今まで体をぬぐっていた手拭いで、前を隠していた程度だった。
驚いて、固まっている私の体にそっと、私には大きすぎる長次の夜着が掛けられた。
長次は、それで私を包むようにそのまま私の体をすっぽり抱きしめた。
「や、ちょ、ちょーじ」
「……風邪、ひくぞ」
「あ」
抱きしめられてようやく気付いた。
一種の興奮状態にあった私は全然気づいていなかったが、私の体は冷え切っていて、まるで氷のようだった。
長次がふれている部分が、とても暖かくて心地よい。
「あったかい」
「…俺は、冷たい」
「ぅっ、わぁ!?」
長次は腕に力を込めると、いとも簡単に私を持ちあげてしまった。
驚いた私は変な声を上げて、足をばたつかせる。
長次はそんなこと全く気にもせずに、私を持ち上げたまま部屋の中を移動して、そのまま布団の中へと潜り込んでしまった。
冷たい体に、ぬくもりが。
「う、あったかい」
「…」
「な、なに?」
「風邪ひくなよ」
「え?」
長次は抱きしめる腕により力を入れ、足を私の足に絡めてきた。
すごい、あったかい。
じわじわと、長次の熱が私に移り、温まっていく。
はじめは、逃げようかと思っていたのだが、どうあっても長次の腕の中から抜け出すのには骨が折れそうだった。
しかも、すっかり無言になってしまった長次は、どうやら眠ってしまったらしく、規則正しい呼吸のリズムを背中に感じた。
ああ、めんどくさいし、疲れてるし、あったかいし。
瞼が、重くなってきた。
「ねよ」
自ら、長次の素足に足をからめて、体重を後ろにかけた。
あー、あったかい。
長次の匂いをいっぱいに吸い込んで、私は目を閉じた。
「ん…長次、おやすみ」
「……」
ああ、帰ってきてよかった。
終
雨の中、爆走するのって楽しいですよね^^
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