菜摘










































そよそよと風が吹く中、少し離れた所から私の名前を呼ぶ声がする。
下に向けていた頭を上げて、振り向くとぶんぶんと手を振っている伏木蔵目に入った。


「どうしたのー?」
せんぱーい」


走り寄って来る伏木蔵の手には草が握られていた。


先輩、これは」
「さあ、どんな効能があるでしょう?」


もじもじと目を伏せながら一生懸命考えている伏木蔵の答えを待っていると、ようやく思いついたのか、やっと私の顔を見た。


「えっと…傷薬?」
「そうだね。ヨモギは傷にも効くし、火薬にも混ぜれる万能な子。よくできました!」
「わわっ」


ぐりぐりと、頭をなでてあげると恥ずかしそうにするが、逃げない伏木蔵はぎゅうっとヨモギを握りしめてしまっていた。


「ああ、ほら、見つけた薬草はちゃんと自分の籠にいれてね!いっぱい集められたら、ご褒美あるからね」
「はいっ!」


笑顔で走りだした伏木蔵の後ろには、今度は乱太郎。その後ろには左近も並んでいた。
苦笑しながら、並んでいる二人の手に握られた草を覗き込んだ。
さてさて、まだあまり集まっていない自分の籠をどうやっていっぱいにしようか。
それでも、無邪気に持ってきた薬草やら雑草を一生懸命差し出してくる後輩たちを無下にはできない。


先輩」
「はいはい、乱太郎は何持ってきたかなぁ」


そよそよと風が吹いている。





















ちぎった草の香りが鼻をくすぐる。
横に抱えた籠の中はもう一杯になってきた。
一息をついて、顔を上げると、夢中になって草を摘んでいるが目に飛び込んできた。
小春日和のキラキラとした光の中で、はゆるく笑みを結んで草を摘んでいた。
時折、後輩がぱたぱたとに走り寄っては自分の摘んできた草を見せては、頭をなでてもらっていた。
それを四人が順繰りにやるせいか、の籠はまだまだいっぱいにはならなそうだった。
それに比べて、の籠はまだまだ。
不意に、いいことを思いついた。
四人も夢中になって草を摘み始めたのを見計らって近付いて行った。


ちゃん」
「え?あ、伊作先輩」


驚いた顔をするちゃんに、にっこりと微笑みかける。


「これはなあに?」
「え………」
「なあに?」
「シキミ、ですよね?」
「そう。当り」
「わっ!」


さっきちゃんが四人にしていたように、彼女の頭を撫でる。
恥ずかしそうに顔を赤く染めているが、はにかんだ笑みを浮かべるちゃん。
ああ、なんてかわいいんだろう。


「シキミの実から油をとって塗ると寒さよけになるけど、シキミは毒がある」
「え?」
ちゃん、当たってる?」
「え、ええ。当たってますけど」
「じゃあ、」


首をかしげて、目を細める。
戸惑った顔をさせて、それをこうして独り占めできる時間を持てるのが僕だけだっていう優越感がどんどんと幸せへと変換されていき、頭のてっぺんから満ち満ちてくる。


「ごほうびちょうだい?」
「え?」
「みんなには、あげてたでしょ?」
「あ、あれは……」
「私だけの、ご褒美くれないの?」


どんなご褒美が欲しいのか。
そんなこと分かっているでしょう?と、ちゃんと同じように膝を地面につけた。
ほんの少し、顔を近づけてにこにことちゃんがご褒美をくれるのを待つ。


「ね?ちゃん」


ますます顔を真っ赤にさせたちゃんは、困ってしまっているのか目がうるんできている。
でも、僕だってご褒美欲しいんだよ。
大好きなちゃんの甘い甘いご褒美。


「早くしてくれないと、みんなに見つかっちゃう」
「あ…う、も……い、一回だけですからね?」
「うん!」


ちゃんの手が頬に添えられる。
指先を緑に染めた草の青々しい香りが鼻をかすめる。
それが、自分とおそろいだと思うと嬉しくて思わず表情が緩んでしまう。


「伊作……先輩」
「んっ…」


柔らかい感触がゆっくりと唇に触れてくる。
自然と閉じていた瞳を薄く開けると、目の前に目を閉じているちゃんの顔。
睫毛が影を落としている。
じんわりと広がる幸せが、嬉しくてそのままちゃんを抱きしめた。


ちゃん、大好き」
「せ、先輩、みんなが来たら」
「いいよ」


人に見られても、気になんてならない。
周りを気にする余裕なんてないくらいにちゃんが好きなんだよ。
ね?


「じゃあ、今度は私からご褒美」
「ふぇ?」


たくさんの口付けで、君を縛りつけたい。
大好きだから。
いっぱい、僕だけに君の愛をちょうだい?


「んっ、ふぁ…伊作先輩……」
「なあに?」
「大好きです」


ぎゅうっと、自分から抱きついてくれる君の愛情を感じて、たくさんの菜を摘もう。
明日も明後日も、ちゃんが菜を摘む場所に行くから。
そのたびに、こうして一緒にいよう?
ね?


「あっ!伊作先輩ずるいー!!」
せんぱい〜」
「わ!馬鹿!お前ら!!」
「わわっ!乱太郎、伏木蔵重いよー!」


ぎゅうぎゅうと抱きしめあった私たちを見つけて、自分も自分もと一年生たちが駆け寄ってきて、僕たちの上にのしかかってきた。
ちゃんは恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑いながらそっと僕の耳に口を寄せた。


「今度、二人きりでも菜摘み来ましょうね?」







































4444番不運番号おめでとうございました(過去形)
芯さんありがとうございます!!!ものすごい待たせてしまいました。
リクエストが「伊作に甘やかされる」だった気がします。
あんまり甘やかされていないうえ、短文で申し訳ないです!
愛はたっぷりなので、喜んでいただけると嬉しいです。
また、そのうちリベンジはします。














ヒトリゴト
菜摘菜摘。
万葉集でしたかね。
ちょっと記憶がうっすら。
菜摘って、名を摘むでもいいですね。
二人で行く時に伊作がするべきことは名を問う所から。