これから始めたいんだ






























手の先がじんっと痺れてきた頃に、ようやくは用具倉庫に辿り着いた。
そこでようやくどすんと、地面に今まで持っていた木箱を下した。


「はぁ……おっもい」


ぐるぐると肩を回して今までの疲労を分散させた。
なんとも運が悪いことに、今日の片づけ当番に当たってしまい、たった一人で授業で使った用具を片づける羽目になったのだ。
薄情な友達はばいばいと手を振って、足取りも軽やかに部屋へと戻って行った。
どちらにせよ、みな授業でくたくただったのだ。


「あー、もう……くのいちになるんだから、こんな実習いらないんじゃないのぉ……」


もう四年生になったんだしと、ぶつぶつ言いながら用具倉庫の戸をあけた。
薄暗い倉庫の中にうっすらと日が差し込む。
鼻につくのは黴とも埃ともつかない奇妙な匂い。それでも、そこまで強く香ってこないということは、手入れが届いているのだろう。
一度外へ出て、置いてあった木箱をもう一度掛け声とともに持ち上げた。


「えっと?最初は……縄梯子?」


一番上に置かれた縄梯子を見て、はよたよたと棚の方へと歩いて行った。
右へ左へとぶれる重心が、絶妙なバランスを保ちながらなんとか転ばずに辿り着くことができた。
しかし、問題なのはそこからだった。
縄梯子を掴んで、棚の上を見上げる
どう見たって届くわけがない場所に戻せと言うらしい。


「う……あっ……んん〜」


ぐいっと、爪先立って、ぎりぎりまで腕を伸ばしてみても、爪先が棚の上を軽くひっかく程度で、縄梯子をそこに置こうと思えば、まだまだ届かない。


「こ、れで……どうだ」


軽く飛び上がったその瞬間、棚に近づきすぎていたせいで思ったように飛べない。
どんと、目の前の棚とぶつかってバランスが崩れた。


「あっ!!?」


ぐらりと後ろに倒れていく感覚。ぐっと思わず体を固くして身構えたは、ぎゅっと目をつぶる。


「おっ……と」
「ふぁっ!?け、食満先輩!!!」
「大丈夫か?」


倒れこんだのは硬い床ではなく、食満留三郎の胸の中だった。
後頭部がちょうど食満の胸にあたり、の両肩を後ろからつかんでいた。
そして、の顔を覗き込むとにかっと顔をほころばせた。


「なんだ、か」
「うっ、あ、は、はい!」
「よかったなー、俺がいなかったら痛い思いしてたな」
「あ、ありがとうございます!!」


よっと、声を出してをちゃんと立たせてやると、食満は下に置かれた木箱に目をやった。


「なんだ?片づけか?」
「はい、実習で使った用具の片づけを任されたので」
「ふーん……」


腰にあてていた手を食満は、ぽんとの頭に乗せるとなでた。
いつもの調子でをなでながら食満は笑う。


はいい子だな〜」
「ほ、え、あ!そ、そんなことないです!」
「よーし!はいい子だから俺が手伝ってやろう!」
「ええ!?子供扱いしないでくださいってば!」


それでも、目の前の笑顔を見てしまいはほんのりと頬を染めていた。
まったく、この人はいつだって私のことを子供扱いするんだからと、内心ため息をついたがそれでも思わず頭をなでてもらう感触に心地よさを覚えてしまうのだ。


「ほら」
「え?」


不意に頭から手が離れたと思ったら、今度は目の前に手を差し出された。
意味が分からずに、反射的にその手に自分の手を重ねてしまった。


「あっはっは!!お前犬じゃないんだから!」
「え?ええ?」
「お手じゃなくて、ほら、縄梯子」
「あっ!は、はい!!」


自分のしてしまった行動が恥ずかしくて、うつむきながらは食満に握りしめたままだった縄梯子を渡した。
笑いをかみ殺しながら、いとも簡単に食満は棚の上段に縄梯子を片づけてしまった。
箱の中身を次から次へと渡しても食満はよどみなく元あった場所へと戻していく。


「先輩…すごいですね!」
「はぁ……当たり前だろ?俺、用具委員長だぜ?」
「あ……そうでした」
「以後、気をつけるよーに」


こつんと、頭を小突かれてしまうのすら嬉しいと思ってしまうのは、何かおかしいんだろうか。
は食満先輩の伸びた指先を見詰めた。
思ったよりも、細くて綺麗な手をしていた。
それが、すうっとこちらに伸びては戻っていく。
その腕のラインをたどって首筋、頬、鼻筋……あ、食満先輩案外まつ毛長いかも。


「……い、おい?」
「あ、はい!」
「ははっ、何呆けてるんだよ。ほら、それで最後だろう?」
「は、はい!ありがとうございます!」


火縄銃を渡してしまうと、それで持ってきた木箱の中身は空になってしまった。
空の箱を抱えてぺこりと頭を下げる
ああ、もう片づけが終わってしまった……


「それじゃあ、私、行きますね」
「おう」


ひらひらと、手を振る食満先輩。
はもう一度お礼を言うと、戸口のそばに木箱も戻して倉庫の外へと出ようと足を踏み出した。


「っと、と?」


くいっと後ろに引っ張られて体が進まなかった。
不思議に思ってが後ろを振り向くと、思った以上に食満先輩が近くにいて驚いた。


「え?あ、け、食満先輩」
「ん、あ、ああ」
「手……」
「手?」
「私の着物、掴んでます…よ?」
「え!?あ、わ、わりぃ!」


手を放して、なぜかあわてる食満に思わずは向き直った。
どうしても、そうしなきゃいけないと、思ったのだ。


「あ、あのよ……
「は、はい!」
「んー…あの、よ」


眼を伏せながらも、また食満の手が伸びてきての頭をくしゃりとなでた。


「もう少し、一緒にいるか」
「え?」
「暇か?この後」
「ぅえ?え?」
「〜〜〜ッ、ああ、よし、そうしよう!食堂でデザートおごるから行こう!」
「ええ!?」
「ご褒美だ!ご褒美!」
「え、あ、は、はい!」



急に、真剣な顔をして名前を呼ぶから、思わず返事をするのも忘れて口をとじた。


「いくか」


なぜか、いつもと雰囲気の違う食満先輩の笑顔に、どきりと心臓が悲鳴を上げた。
の返事も待たずに、食満は頭に乗せていた手を滑らせての肩をぐいっと抱き寄せ、そのまま歩きだした。
はうまくしゃべることもできずに、今までで一番近くにある食満先輩の横顔から目を離せずにそのまま一緒に歩いていた。


「よーし!いい子のには俺がとびっきりうまいあんみつを食わせてやるからな!」
「ぅ、あ、はい!!」








































27777番おめでとうございます!!!
リクエストが「食満に甘やかされる年下くのいち」とのことでした!
本当、こ、こんな感じで良かったでしょうか!!?(滝汗
ヘタレな食満に完敗です。
本当リクエストありがとうございます!!!
お気に召していただけると幸いです><