不安を消すのは
例えば、不安になる時。
それは、彼が私の手を握っているとき。
それは、彼と二人でいるとき。
それは、彼と肩を並べているとき。
私は彼の横にいてもいいのでしょうか?
「ねえ、長次」
「……」
視線だけで「なんだ?」と問いかけてくるとき。
私は、本当はもっとあなたの声を聞きたいの。
私、あなたに名前を呼んでほしい。
「ううん、なんでもない」
さみしげに視線を伏せると、つないでいた手に長次がぎゅっと力を入れて私の手を握ってくれる。
それは、とても安心するのだけれど、もしかしたら彼が私を傷つけないようにしているのかもしれない。
だって、長次は優しいから。
「……」
ぐっと、引き寄せられた。
触れ合う肩と肩、不安な心と彼の大きな体。
私ばかりの一方通行。
「ねえ、小平太」
「なんだぁ?」
「あのね、長次のことなんだけどね」
「お!ちゃんやっぱり長次と付き合ってたのか!?」
「う、うん…そうなんだけどさ、」
夕食、私たち高学年はほとんどガラガラになった食堂で食事をとるのは当たり前になっていて、今も食堂には私と小平太を含め、見知った顔が幾人かいるだけだった。
私はおばちゃんから渡されたお盆を手に、小平太の隣に腰かけた。
小平太は、私と長次が付き合ってると聞いて、「うん〜」だとか「あう」だとか変なうめき声をたてていた。
私は、おかずの焼き魚をつつきながら話を続けた。
「ちょっと気になることがあるんだけど…」
「うわぁ〜、なんだよー、長次の馬鹿〜」
「ね、小平太聞いてる?」
「聞いてるよー、なんだよ。ノロケなら私嫌だぞ」
「ち、違うわよ!……いや、その、ね。長次は私のこと小平太に何か話す?」
「やっぱりノロケだぁあ!!!」
あんまりだよ!と、小平太が喚きだす。
しょうがないので、おかずを一品小平太のお盆においてやると、ぴたりとその声は止まってがつがつ食べる音に変わった。
相変わらずだなと思いながら、小平太が食べ終わるのを待ってやる。
「うまい!だからちゃん大好き!」
「はいはい、そうじゃなくって、ね?」
「ああ、長次のことか?ちゃんのことよく話すぞ?」
「え?」
「二人で今度朝顔育てるんだとか、ちゃんが今日は何食べてたとか、うーんと、あとは……」
「も、もおいいよ!ありがとうこへ!!」
「ん?もういいのか?」
「うん!」
胸の中で、育っていく彼への想いが水を得る。
柔らかく、幸せに満ちた花を咲かせたい。
だから、ゆっくりと先ほどの言葉をもう一度頭の中で咀嚼した。
ああ、今夜長次に会いたい。
小平太がここにいるってことは、もしかしたら文次郎と二人で自主トレしているのかもしれない。
早く、会いたい。
きっと、がむしゃらに自主トレしているに違いない。
自分が傷つくことも顧みず、汗だらけになって。
込みあげてきたその姿を思い、笑いをかみ殺す。
木々を超えて、月の下で長次を捜した。
ようやく、その姿を遠くにとらえて、嬉しさがこみあげてくる。
ああ、早く彼に会いたい。
「ちょう……」
声をかけようとして、異変に気づいた。
ぴたりと、細胞が凡て活動を止める。
再び動き出したのは、視覚と聴覚。
二つが意地わるく、私に与えられた感覚。
眼が捕らえたのは、大好きな長次。
眼が捕らえたのは、彼よりも小さな影。
耳が捕らえたのは、大好きな長次。
耳が捕らえたのは、女の声。
「わたし、中在家君のこと、好き」
「……」
「あの、ちゃんと付き合ってるって知ってるけど、」
「……」
「でも、私あなたのことが好きなの!」
どうして何も言わないの?
ねえ、どうして?
「中在家君」
滑って落ちた光は、月の光を反射していたのだろうか。
そして、それを隠した大きな体は、誰?
ねえ、長次。
私、誰にも負けないくらいにあなたが好きよ?
でも、あなたは?
どうして、影は一つに重なったのだろう。
「長次」
ぽつりと呟いたその一言にさえ敏感に反応して、私を振り返る長次。
なんて、優しい人なんだろう。
「ううん、なんでもない」
上手く笑えているはず。
たくさん練習したから。
私は、くのいちだから。
長次も、ちょっと困ったような笑顔を浮かべて私の手を引いた。
これから、実戦の実習訓練をするのだ。
授業だから、きっと昨夜の子もいるのだろう。
自然と、握りあった手に力を込めた。
「では、始める!」
先生の掛け声とともに四方八方に散っていく生徒たち。
そのうちのいくつかが、私たちを見ていた。
すばやく飛び出していった生徒たちには、だいぶ遅れて私たちは手を放した。
手を放してからは、お互いのことを振り返ることもせずに木々の間に紛れていく。
木から木へ、地から地へ。
飛んで走って、隠れて。
ここがいい。
茂みの中に体を潜り込ませた。
ため息をついて、三角座りをする。
「長次の、ばか」
正直、授業なんてやってる気分じゃない。
私の心は不安で張り裂けそう。
どれが正解で、どれが不正解だなんて私には分からない。
ただ、目の前に並べられたことを繋げてみては、嘘であってほしいと願うだけ。
なのに、なんて私は運が悪い。
トン
肩をつかれた。
驚いて体を翻し、苦無を構えた。
「ちょーじ」
片手をあげた長次。
絶対に、ついてきたんだ。
そして、あのつぶやきも聞かれてしまったに違いない。
「ど、どうしたの?」
「……こそ、どうした」
まっすぐに貫かれる私の瞳。
「、変だ……」
「へん、じゃない」
「……」
言ってしまおうか。
昨夜のことを問い詰めようか。
逃げ出したい。
「中在家君!!!!!」
「っ!?」
不意に飛んできた声は、私のではなくて「あの人」の声で。
振り返ったのは、長次で。
私は。
走った。
追いかけてくる言葉もなく、私は走っていた。
忍者の卵のくせに、がむしゃらに走って。
周りのことなんて考えていなかった。
走って、走ってまた走って。
なにも考えたくなかった。
「あ」
不意に軽くなった体。
足が下に突き抜ける感覚。
全身から汗が一気に噴き出す。
本当に、時間が止まった。
「!!!!!!!」
落ちる。
飛び出した私の体。
全部、これでもしかしたら終わりなのかもしれない。
なのに、最後に聞こえたのは彼が私を呼ぶ大きな声。
はじめて聞いた。
体が落下し始めた次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
そして、私のことを包む大きな体。
ギュッと力強く私を包み込んだ。
すぐに訪れる衝撃。
「あ、れ?」
ドシンと、大きな音を立ててすぐに地面に着いた。
地面が隆起して、ちょっとした段差になっていたようだった。
「あ!ちょ、長次!!」
「……」
「大丈夫!?痛かった!?」
「」
それでも、私の下敷きになってしまった長次が心配で、体を離そうとしたら長次が腕に力を込めてきた。
ぎゅうっと抱きしめられる体。
「長次?」
「」
普段は、全く喋らない長次が、何度も私の名前を呼んでくれる。
その声を耳にしながら、私は戸惑った。
「ちょう、じ」
「……大丈夫だ」
「え?」
「なにも、ない」
「っ……」
「なにもない」
「……」
「俺は、がいればいい」
胸板に押し付けられる私の顔。
あったかくて、長次の匂いがこの胸を余すことなく埋め尽くす。
「俺は、が好きだ」
「長次」
「優しいから、と付き合ってるんじゃない」
ゆっくりと、長次の両手が私の肩を掴んで、柔らかく離す。
互いの顔を見合わせて、涙がこぼれそうなわたしの顔を見て長次は微かに笑った。
「が、俺のことを好きだと言ってくれた時…叫びだしたいくらいに嬉しかった」
「うそ」
「嘘なんかじゃ、ない。……我慢できないくらいに、が好きだ」
深々と、口付けされる。
普段とは違って、熱い舌をもっともっとと絡めて、息もできないくらいにキスをする。
荒い息をついて、顔を離した。
熱っぽい眼をした長次が、もう一度、私の名前を呼んだ。
「だけだ」
「ちょーじ」
「好きだ」
もう一度、柔らかく唇を重ねて、長次が抱きしめてくれた。
「私も、長次が好き」
「」
「長次の声も好き」
「」
普段めったに喋らない長次の声。
こんなにも、優しい声。
「長次の全部が好き」
「俺も、の全部が好きだ」
不安が跡形もなく消えていった。
熱くて、甘すぎる口付けをねだって、その腕の中にいつまでも居たいと願った。
すると長次はそんな口付けを私に落として、いっそう腕に力を込めてくれた。
「、愛してる」
終
はるやさん!
4000番おめでとうございます!
至らない管理人ですが、がんばって書かせていただきました><
リクエストは「長次で甘夢」でした…。
あれ?これ、最初切なすぎる?
なるべく甘夢を目指したんですが、過程がorz
こんなのでよかったでしょうか?(滝汗
本当に、はるやさんいつもありがとうございます!
お持ち帰りは、はるやさんだけおkですv
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