(簡単に嘘が吐ける私と 今時珍しいまでに正直な人)
先生にも、先輩にも言われた。
『あなたもたくさんくのいちの術を覚えなさい』って。
だから、この体、この心すべて殺して犠牲にして出来る限りやってやろうと思ったのが、私の運のつきだったのだろうか。
ただ単に……頑張るとみんなが『偉いね』『頑張ったね』と笑顔で迎えてくれるのが嬉しくて、そんなこと家にいる間はなかったからそれを失うのが怖くてがむしゃらに頑張ってしまった。
人数の減っていく教室に、いつまでもぐずぐずと残ってしまったのも、きっとそのせいだ。
そうしているうちに私は、なんて人間になってしまったの?
いいや、人間なんてものじゃない。
私は、根っからのくのいちになったに違いない。
でなければ、こんなに苦しくないはずがないんだから。
じゃなきゃ、みんなみたいに私も泣いているはずだから。
どうして、こんな風になってしまったの?
自問自答をしても、月夜は当たり前のように今夜も昇るように、私も同じようにただひたすら生きてしまっていた。
はたと、それに気付いた時には戻れないと、感じたのに。
三木に耳元で甘く囁かれるのは嫌いじゃない。
くすぐったい吐息。
「…好きだ」
「三木、私も」
綾部に触れられるのも嫌いじゃない。
つうっと、なぞる指。
「……私のこと見てないでしょ?」
「ううん、綾部のことしか見えない」
タカ丸に髪をいじってもらうのが嫌いじゃない。
曝されるうなじ。
「ちゃん…しばらくこうしてていい?」
「いいよ」
だけど、
「!私はを愛しているから安心していいぞ。こんなにも美しい私に愛されるとは、は三国一の幸せものだなぁ!」
「ちょっと……滝やめてよ」
「ここ数日は優秀な私を見込んだ学園長先生の、ひっじょーに危険なお使いに行ってしまっていたからも淋しくて仕方がなかっただろう!?」
滝は嫌い。
「や、ちょっと抱きつかないでよ!やめて!」
「ふふ、何を隠そう私はに会えずに淋しすぎてあと一歩で死んでしまうところだったのだぁ!」
滝夜叉丸はそう言ってのことをぎゅうぎゅうと抱きしめて、逃げようとするを離しはしない。
「ほら、感じるだろう?私の鼓動がこんなに早いのも、に触れているからなのだ」
確かに、滝夜叉丸の鼓動早いし、なんだか体も熱っぽい。
まさかと思って、ここが食堂だというのも忘れて、は体をよじる。
「おお!はいつでも大胆だな!」
無理やり密着しているのに、滝の着物を引っ張って彼の肌を覗き込んだ。
「滝……私、風邪ひいてるの」
「なに!?」
「うん……頭が痛くて、苦しい」
微かに頬を上気させてぐったりと滝にもたれかかれば突然慌てだす滝夜叉丸。
「なに!?大丈夫か!!」
「医務室……」
そう呟いたのを聞くか聞かないか、すぐさまに滝が私の体を抱き上げてそのまま医務室へと向かって走り始めた。
「〜!私が絶対のことをどんなことからでも守るから!死ぬなぁ!!!!」
少し大げさなところも嫌い。
自分のことを省みないでバカみたいに私のことを気にしてくるのも嫌い。
自分がいかに優秀か声高に説明しているのも嫌い。
「私、滝のことなんか嫌い」
彼の首に腕をからめて、消え入るような声で言ってやった。
それなのに。
「私なんかのことを愛してる」
そんなこと屁でもないとまっすぐ前を見て走っている滝にだけは全部見透かされているようで、胸が苦しくなるから……そんなこと言わないで。
せめて、嘘を一つでもいいから織り交ぜてよ。
思わず、顔を滝の首筋にうずめると、胸いっぱいに彼の香りが広がった。
それは当然のように、三木とも綾部ともタカ丸とも、他の誰とも同じではなくて滝夜叉丸の匂いだった。
「嫌い、嫌いだから、怪我してまで私の所にこないで」
喉がからからで、やっと絞り出した声は擦れていた。
「私は、滝なんて見たくもないの」
揺れてしまうから。
揺り動かされるから。
くのいちでいられなくなってしまう気がするから。
「滝なんて、だいきらい」
「私は一緒にいたいからそれでもいい」
ぐっと唇をかみしめて顔をあげると、にっこりと自信たっぷりに笑う滝夜叉丸ばかりがこの視界を埋めていて、鼻の奥が痛くなった。
「うそつき」
終
嘘をつくことでしか、自分を守れない。
なのに、どうして嘘以外を感じてしまった。
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