(愛する事しか出来ない私と 愛されることしか知らない人)































雨音ばかりが耳につく午後。
こんな日は誰もが憂鬱な気分になるだろうが、私はそんなに憂鬱だとは思わず、手元の頁を繰りながら文字の羅列に目を走らせていた。
ちなみに、今読んだ文章はこんな一文だった。
「何が怖いのか。」
こんな短い一文をわざと独立させて、挿入した作者の意図を測り切れずに私は苦笑した。
なにが怖いのか。
そんなことがこれを描いた人間は本当に分かっているのだろうか。私は、そのまま続きを読み続けていく。
まあ、なんていうことのない物語がだらだら続いている本だったが、私のこの暇な時間をつぶしてくれるのなら書いてある内容など何でもよかった。
図書室は嫌いじゃない。図書室の匂いや、この本に四方を囲まれた状況は私に落ち着きを与えてくれて、様々なことを考えるのに丁度いい場所だった。
今も、また私だけの思考の中に落ちて行ったのだが、戸が開く音がしたので、急速に茫洋としていた視界を元に戻してそちらへと目を向けた。


「雷蔵、こんにちわ」


入ってきたのはちゃんだった。
私は、彼女と同じように声を返して、本を閉じた。
ちゃんがいれば別に本なんて必要ないからね。


「どうしたの?今日はなにか本を借りる?」
「ううん、違うの」


この、一瞬まつげを伏せて、床の木目を辿る彼女の仕草を何度見たことだろう。
次に出てくる言葉は分かり切っているのに、私はそれでもちゃんの言葉を待ち続けた。
さあさあと、雨の音が私たちをこの場所に閉じ込めていく。


「あのね、私、ね」
「うん」
「告白されたの」


ああ、やっぱりそうだったか。ちゃんが私を探してこの場所まで来るのはその理由しかない。また、私に相談しに来たんだ。


「そう、今度は誰?」
「うん…4年生の子なんだけどね」


名前も聞いたことのない後輩の名前を聞いて、それをどう思っているのか目を伏したままのちゃんの輪郭を眼でなぞっていた。
はにかむような仕草がとても愛らしくて、私はただただ、頬杖をついて彼女の姿を眺めている。
そんな自分はちょっと三郎のようだと思ってしまい、苦笑した。
私の顔を真似ている三郎の行動が、自分にうつっているなんて、ひどい冗談だ。


「な、なに?雷蔵、なんで笑ったの?」
「あ、ううん。違う違う、ちょっと三郎のこと思い出して笑ってたの」
「もう!ちゃんと私の話聞いてよね!」
「ごめんね、ちゃんと聞くから」


くるくると表情を変えていくちゃんの顔を見ていて飽きることはない。
続きを促すと、再び話しにくそうにちょっとうつむき加減で、またぽつりぽつりと続きを話し始めた。
まさか、その四年生もこんな場所で愛の告白の言葉をなぞられて私に聞かれているとは思ってもいないだろうな。
かわいそうに。


「…でね、三郎に相談しようかと思ったんだけど、三郎はきっと私のことバカにしたりするでしょう?だから、三郎の所にはいけないし」
「それで、私の所に来たんだね」
「うん。雷蔵、私どうしたらいいと思う?」


この瞬間が、私はとても好きだ。
彼女がほかならぬ私を頼ってくれた、私を選んでくれたという事実をちゃん自身の口から聞くことができるこの瞬間。
じわりと、冷えた体の芯が温まってくる。


「う〜ん……どうしたらいいかな」
「ね…どうしたらいいんだろう」


もう一つ、嬉しいこと。
私たちは欠点も似ている。忍者の三病だから、治した方がいいって知っていても、ちゃんと一緒だって思うと嬉しいって気持ちの方が勝ってしまう。
二人で、首をかしげて、うんうん言って、そんな時間がとても好きだ。でも、いつだってこの時間を終わらせるのも私。
だって、いつまでも悩んでるちゃんがかわいそうになってしまうんだもん。


「やっぱり、さ。ちゃんの気持ち次第じゃないかな?」
「私?」
「うん。ちゃんが好きな人と付き合うのが一番じゃない?」
「う……ん、そう、だよね」


しばらく考え込んだ後、ちゃんは申し訳なさそうな顔をして私をようやく見つめてきた。
雨の音がさあさあと、このまま時間を止めてくれればいい。まるで、本のように好きなページだけを広げてなんどもそこだけを眺めていられればいい。
そうすれば、私は間違いなくこの場面を広げて、飽くことなく眺め続けるのに。


「ありがとう、雷蔵」


そして、ちゃんの笑顔。


「ねえ、そっち行ってもいい?」
「え……う、うん」


触れ合う肩と肩。
体がこわばってしまい、これがちゃんにばれてしまわないかと、どきりどきりと胸が高鳴る。
ふわりと、雨のにおいと、本独特のにおいと、ちゃんの香り。
横目で、隣を見ると、間近にちゃんが。
雨の音なんて聞こえない。
自分の心臓がうるさすぎて、どうしよう。


「雷蔵、いつも……本当ありがとう」


ああ、そんなにうれしそうにつぶやいて、目を伏せられてしまうと、私だってどうしたらいいのか分からなくなるんだ。
私だって、男なんだよ?
ねえ、ちゃん。
図書室なんてよっぽどのことがないとあまり生徒もよりつかないんだよ。
ねえ、ちゃんってば。


「ううん、気にしないで」
「本当?迷惑じゃない?」
「迷惑だなんて思ってないよ」


残酷だね。


「雷蔵、大好き!」
「どういたしまして」


雨が降る音。
頁をめくる音。
私の一方通行の想い。
思わず、机に突っ伏した。
さっき出て行ったちゃんの残り香が、私の鼻を掠めた。
そして、広げた頁でふと眼に着いたのはさっきの一行。
「何が怖いのか。」


「決まってるじゃないか……この時間が壊れることだ」


だから、一歩を踏み出せずにいる。
それでも、必ずここに来てくれるのを知っていて、私はここで待ち続けている。


「なんだってこんなに好きになったんだろう」


私の失笑を周囲の本だけが吸い上げた。














































静かに静かに。
ただ、感情だけを募らせて。