(知らないという言葉で自分を守る私と 知らなくて良い事まで知った人)





































この忍術学園に「編入」してきたという変わり種の話は、もちろん一日目に耳にしていた。
二日目には彼が髪結いで、四年生に編入したということを知った。
三日目には、学友たちが囁き合っている話から彼が複雑な事情で元々の家系が忍者だったのに、彼は忍者の勉強もしていなかったことまで知った。つい最近まで髪結いをしていたぐらいだから、忍術なんてできるのだろうか。
そして、四日目には彼に髪を結ってもらってきたという子たちが教室に増えた。
彼女たちは一様に、「タカ丸さんってとっても素敵な人だし、髪結いだし、将来有望!ああ、私タカ丸さんと付き合いたいなぁvv」と、うっとりとした目つきでその変わり種の姿を思い浮かべているようだった。
でも、それは私にとって知っていても、知らなくてもどうだっていいことだった。
私は、早く自分の勉強をして、早く立派なくのいちになって、大人になって、誰の手も借りずに生きていきたかった。
だから、そんな編入してきた変わり種の話なんてどうでもよかった。



「あれ?どこいくの?」
「戦輪のれんしゅー」
「え〜?またあの滝夜叉丸と一緒なの!?」
「まあね」



お気の毒にという言葉を背中に、私は教室を後にした。
懐から出した戦輪をひゅんひゅんと回して廊下を歩いていたが、誰にも会わなかったからそのことを注意されないで済んだ。
ああ、よかった。


































練習場に来てみると、まだ滝夜叉丸が来ていない。
まあ、そのうち来るはずだから私は私で練習していればいいか。

戦輪は持ち運びもよく、私によく合う武器だ。
自然とこの武器を好んで使うようになれば、滝夜叉丸とも顔を合わせる機会が多くなる。
だから、友達が噂するような浮ついた関係でもないし、私自身そんな関係を彼ともつと考えるだけで身の毛がよだった。
ただ単に、一緒に練習することが多い人。
それに、滝夜叉丸は性格や言動がアレだが、実際に戦輪のこととなると、こちらが驚くほどに的確な注意点を教えてくれ、彼のおかげで私の戦輪の腕はくの一の中でも一番だ。
一瞬、教師にでもなればいいのにと思ったが、あの性格じゃ無理かと、笑いを噛み殺した。
それにしても、今日は来るのが遅いな。
一度、投げ終わった戦輪をとってこようと、一歩踏み出した時だった。



「おお〜い!!」



滝夜叉丸の声。こちらに向かって掛けてくる滝が見えた。
私は、その姿だけ確認して、戦輪を回収していた。
後ろで滝夜叉丸が息をつく音がする。
本当、来るの遅い。



「今日は、来るのが遅れてしまったが、さみしくなかったか!?」
「知らない」



どれだけこの男は自意識過剰なのかと、ため息をついて振り向いた。
ぴたりと、止まる私の体。



「だ……れ?」



滝の横に、知らない人。
滝と同じ紫色の装束。四年生。黄色い。知らない人。
あなたは、誰ですか?



「ああ、まだタカ丸さんのこと見たことなかったのか?」



そこで、ようやく気がついた。
これが、皆が噂していた変わり種か。



「う、うん。話にはみんなから聞いていたけど」
「どうも〜、こんにちわv 斉藤タカ丸でーす」



ずいぶんと気の抜けた男だった。
こんな上級生ほとんどいない。
きっと、ろくな忍者になれないで、この人はまた髪結いにでも戻るか、忍者になれたとしてもどこかで野たれ死ぬのがお似合いだと思った。
それが、この斉藤タカ丸の第一印象だった。
カシャカシャと、音をたてて私は戦輪を箱の中に戻した。



です」
ちゃんだね?よろしく」
「よろしく、お願いします」



軟弱なやつ。しかも、最初から下の名前呼んでくるなんて。私が今まで見てきたタイプとはどれも当てはまらないタカ丸。
屈託もない笑顔をこんなに初対面の相手に見せるなんて……変なの。



、今日はな、この滝夜叉丸がタカ丸さんに戦輪を教えに来たのだ!」
「そう。どうぞ〜、お好きにしてください?私はこっちで大人しく練習しているから」
「私としても愛しいの練習を見てやれないというのはひっじょーに残念なのだが、分かってくれるのだな!さすがは私のだ!」
「え?ちゃんと滝夜叉丸くんって付き合ってるの!?」



どうしてそんなことになっているのか分からない。
だから回答は



「知らない」



そんな誰かを好きだとか、愛してるとか、付き合いたいだなんて感情私たちには必要ないでしょう?
滝は、私の回答も聞いていないで、なぜか鼻息荒くは恥ずかしがり屋だからとか、わけのわからないことを言っていた。



「さて、タカ丸さん。まず戦輪を教える前に私と戦輪について…」



と、いつもの滝の口上を聞いた瞬間、お気の毒にと、心の中で呟いた。
この調子では、この人今日中に滝に戦輪を教えてもらえないだろうなって。
でも、そんなのは私の知ったことじゃないから、ただ黙々と私は私で戦輪を投げ続けていた。





















どれくらい時間が経っただろうか。
とりあえず、三度は投げ終わった戦輪を回収してまた同じ場所に立った気がした。
そんな、ちょっと疲れた時だった。



「ねえ、ちゃん」



不意に声をかけられたら、茜色に染まったタカ丸が私の横にいた。
未だ、耳には滝夜叉丸がしゃべってる声が聞こえてくる。
なのに、タカ丸は私のことを見ていて。
私は、戦輪を投げ終わって、小さく息を吐いた瞬間だった。



「な、なんですか?」
「驚いた?ごめんね?」
「いえ、別に大丈夫です。それで、なんですか?」



私の顔をじっと見つめて、タカ丸は一言言った。



「ね、もう一度戦輪投げてみて?」
「え?」
「せ、ん、り、ん。投げて?」



空っぽの箱に一瞬目配せをすると、はい、とタカ丸が私に戦輪を差し出した。



「お願い。ね?」



首をかしげて、少し眉根を寄せたタカ丸さんのお願いを断る理由もないから、私はその戦輪を受け取った。


「いいですよ」
「わぁ!ありがとうちゃん!」
「じゃあ、投げますから」



そして、軽く足を開いて、構える。



ちゃん、がんばって」



彼の声がこそばゆかった。
鉄の冷たい感触と、タカ丸の体温が移ったぬるい温度。
それが、私の指先で混じり合った。
とくりと、血が巡る。
私の手を離れた戦輪は、かすかに風を切る音を立てて、タンッと的の中心に当たった。



「お〜!すごい!」



ぱちぱちと、拍手する音。
惜しげもなく満面の笑みで、私を見るタカ丸。
茜色に染まってる。



ちゃん、すごい戦輪上手いんだね」
「……そ、そんなこと、ないですよ」



なぜだか、うまく口が回らない。



「ううん、すごい上手!僕、ちゃんが戦輪を投げる姿好きだな」
「え?」
「とっても、真剣な目をしていて、すごく、きれい」
「……」



そうして、一歩、距離が近づく。
私は、どうしていいのか……わから、な、い。



ちゃんの髪の毛も、とっても僕好みだよ?」



するりと、髪をすく、指。



「ね?」



笑顔。



「し、知らない!!!」



私は、戦輪もそのままにしてその場から逃げた。
知らない!知らない知らない!
こんな感情誰も教えてくれなかった!
こんなキモチは私には必要ない!
だから、知らない!




















「あれ?タカ丸さん、は?」
ちゃん?逃げられちゃったv」
「はぁ?逃げられた?」
「うん!でも……次は逃がさないかな?」
「は、はぁ…?」






































少し長め。