1/一人っきりの夜道に二人分の足音
ひた
ひた
ひたり
「・・・・う、っく」
トイレに行こうと思って部屋を出てきたのはいいけれど、運悪く、くのたま長屋のトイレに張り紙が。
「故障中。忍たま長屋のトイレを使ってください 吉野」
がっくり肩を落とし、尿意を堪えつつ、忍たま長屋を目指す。
暑苦しい夜だ。
月も姿を隠しているから、廊下は真っ暗。
誰もかれも寝静まっている。
はじめは、平気で歩いていたのだが、忍たま長屋に入ったところだろうか、足音が。
私以外の、足音が聞こえてきた。
ひたり
ひたり
・・・・ひた
立ち止まると、同じように足音がとまる。
ぎゅうっと、心臓が縮みあがる。
先日仙蔵に吹き込まれた怖い話100編がふと、脳裏によぎる。
あ、あいつ私が怖い話苦手なのを知りつつ、縛り上げて延々と聞かせてきたんだっけ。
ふと、最後の方にされた話を思い出した。
「知っているか、べとべとさんという妖怪を」
「や、やめて…も、やだ」
「そういうな、聞くといい」
「ひぃ」
私が身動きできないのをいいことに、耳に噛みついて話をそのまま甘く吹き込んでくる。
夜道に、後ろから足音が聞こえてくる。
お前が立ち止まると、その足音も同じように立ち止まる。
それはな、べとべとさんという妖怪なんだ。
もし、お前がそいつにあったら言ってやれ。
『べとべとさん、べとべとさん、お先にどうぞ』ってな。
そうしたらその足音は、、お前を追い越して行ってくれるだろう。
その時は、あまり怖くないと思っていたが、破壊力満点だった。
現に私の体は、震えて動けない。
もう一歩、踏み出すと
ひた
やっぱり同じように一歩踏み出す。
息が荒くなる。
もつれる舌で、なんとかあの言葉を口にする。
「べ、べと、べとしゃん…べと、べと、さぁん、お、お、お、お先に、どう…ぞ」
震えが止まらない。
一瞬の静寂。
喉元を、汗が滑る感触に、身を震わせた。
ひたり
ひたり
ひた
ひた
ひたひたひたひたひたひたひた
「っっっ!!!!」
その言葉の後に唐突に足音が背後まで迫ってきた!
そして
「」
「ひぃあああああああ!!!」
突然後ろから首をつかまれた!
あまりの恐怖に声をあげたのだが、その口も後ろから伸びてきた白い手にふさがれてしまった。
恐怖の瞬間、限界までこらえていた緊張が切れた。
「ひ、んんんっ・・・・」
生暖かい感触が太ももを濡らして、足首へ。
後ろから掴まれていた手の力が弱まり、恐怖と漏らしてしまったことへの羞恥で腰が抜け、その場にへたり込んだ。
「、どうした?」
呆然として後ろを振り返ると、仙蔵が。
「ひ、せ、せんぞぉ?」
「くくく、どうした?」
仙蔵は私の前に回り込んで、しゃがみ込む。
「ほう、漏らしたのか?」
「ひっ、や、やだっ!」
さあ、。
闇の中、仙蔵の私を見下した笑みが浮かびあがる。
涙を浮かべる私に、リップ音を立てて口付けされた。
「さあ、誰か来る前に」
手を取られ立ち上がらされる。
「部屋に入ろうか?」
まるで、狙われていたかのように、そこは仙蔵の部屋の前だった。
「そういう趣向が好きだとはな」
「ひっ、あ!や、やめ!!」
「感じているのだろう?」
お化けよりも、何よりも、怖いのはこのドSだと、泣きたくなった。
終
嫌いな人、ごめんなさい。
故障しているのは私です。
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