想う事








































早春の、薫り。
時折太陽の和らぎもあるけれど、まだまだ息を吐きだせば淡く白い塊となって宙へと拡散していくような肌寒さ。
私は、不自然に体に力を入れながら歩いていた。
首のあたりに最近こりを感じるようになったのは、こんな風に歩きつづけているからだ。
そうとは分かっているのだが、どうしても寒いと思うと力が入ってしまうのだ。


「綾部ー」


辺りに響く自分の声。
山の中を歩きはじめてからもう大分経つ。しかし、目的の綾部の姿はどこにも見当たらない。


「綾部ってば―」


段々とか細く、頼りなくなって来る。
そんな時に、不意に鼻先を掠めた香り。


「……梅?」


自然と、その香りにつられるように進む方向を定めた。
足を進める度に、微かだった香りが確かなものになっていく。
そして、遠目にも鮮やかな紅と白の花を見つけた。
知らず知らず歩が早くなる。


「……綾部」


幾本もの立派な梅の木がはらはらと、花弁を落とし続ける先に、綾部がいた。
彼は地面に寝ころんで、天を仰いでいた。


「もう、何やってるの?」
「……


小さく、口の中で呟くように私の名前を呼ぶ綾部。
胸一杯に、梅の香りが押し込められていく。
密やかに滑りこんでくる香りと空気に、じんじんと古傷が疼く。


「ねえ、
「何?」
「こっちに来て」


すうっとのばされた綾部の指先を掴んでいいものか悩んだ。
空は、今にも雨を降らそうと重くのしかかってきている。


「ね、
「ん」
「お願い」


指先は、冷たかった。
綾部は以前、空を静かに見ているだけ。
手をつないでいるのに、綾部はこちらを見向きもしない。
それよりも、私は次から次へと綾部に降りそそぐ花びらで、綾部が埋まってしまわないかどきどきしていた。


「綾部、戻ろうよ」
「…どこへ?」
「学園に」
「……うん」


殆ど身じろぎもせずに、横たわったままの綾部を持て余して、私は結局彼の隣に同じように寝ころんだ。
ぎゅうっと、握り返された私の指先。


「ねえ、
「なあに?」
「綺麗だね」
「……うん」


ほう、と綾部が吐いた息が空へと消えていった。