さーん
(滝)
畳の上でごろりと転がっているとじりじりとした暑さも不思議と気にならないような、気がした。
本当に、気休め程度だけど。
それにしても、蝉は一体何匹いるんだろう。
近くでも、遠くでもない。
「どこか」で蝉が山のように鳴いている。
うるさいようで、うるさくない。
ワンワンと耳鳴りのように、絶え間なく泣き続けるあいつら。
「うるさい」
目を閉じると、後ろのほうで蝉が鳴いていて、近くの音がよく聞こえた。
そう、廊下から誰かが近づいていくる音。
軽やかで、軽快な足取り。
後ろにあぶらぜみの大合唱を引き連れてる。
「お・・・・・・なんだ、寝てるのか?」
返事もせずに黙っていたら寝ているものだと勘違いされた。
あぶらぜみなんかよりも、もっとクリアに聞こえてくる滝の声。
「おい〜、起きろ〜」
ツンツンとほほをつつかれるが、動いてしまったら暑さがぶり返しそうであえて黙ってる。
小さな溜息と、苦笑交じりの声が聞こえてきた。
「ふふ、かわいーなー」
めったに聞けないような言葉を残して、滝の足音は遠のいて行った。
私は、とんでもない恥かしさを味わいながら一人その場に残されてしまった。
(タカ丸)
ようやくあぶらぜみが静かになったかと思えば、今度はミンミンミンミンとやかましく鳴きだした蝉。
長くミーンと鳴いて、短くミンミンミンと鳴く。
おんなじ言葉ばかり繰り返して何が楽しいのだろう?
ようやく、先ほどの恥かしさも収まりつつあった私は、未だ目を閉じてそこにいた。
「ん?あれぇ?こんなところで寝てるの?」
不意に届いたのはタカ丸の声。
駆け寄ってくる音と、重いものを置くごとりという音。
きっと、火薬委員の仕事中だろう。
「ふふ、かわいーなー」
私が寝ていても、タカ丸が言うのはいつもと同じ言葉。
「起きないと、悪戯しちゃうよ〜?」
それは困ると思うけれど、寝ている相手にそんなことしない人だって知ってるから。
だから、目を閉じたまま。
すると、ひやっとした感触が頬に。
分かった。
タカ丸の両手だ。
火照った頬の体温を奪われて行って、心地いい。
「やわらかーい。あー、もっと一緒にいたいけど、残念」
お仕事お仕事、と繰り返すと、タカ丸の手に力がこもった。
あれ?
ちゅ
「さ、今日もがんばるぞぉ!」
タカ丸が行ってしまったあと、私は飛び起きて、口付けされた額を抑えた。
蝉なんかよりも、私の鼓動のほうがうるさい。
(綾部)
ニィニィニィニィ。
小さく、控え目に鳴いているくせにその存在感は抜群。
他の蝉に混ざったところで、間違えることなく声を聞き分けられてしまう。
ごしごし額をこすって、また不貞寝。
せっかく下がり始めて体温がまた上がってきてしまった。
それなのに
「おやまぁ、こんなところで寝ている子がいる」
とっとっと。足音を立てて近付いてくる綾部の声。
私の名前を数度繰り返し呼んでみて、返事がないので寝ていると合点した綾部が取った行動は……
「よいしょ」
私の横に添い寝。
ただでさえ暑いのに、綾部の両腕に抱きしめられて、ぴったりとお互いの体がくっついている。
あ、暑い。
また、塹壕でも掘っていたのだろう。
綾部からは土のにおいがしてくる。
熱いのと、笑いをこらえていると
「ねんね〜、おころーりーよー」
綾部が急に子守唄を歌いだした。
そして、ぽんぽんと私の背をやさしくたたいてくれる。
綾部の突飛な行動に思わず微笑んでしまうと、
「ああ、よかった。いい夢見れてるんだね」
綾部が笑っている気配がした。
目を開けたい衝動に駆られたけど、そのままじっとしていた。
私をもう一度ぎゅうっと抱きしめて、綾部は体を離した。
「ふう、熱い、熱い。でも、充電できた〜」
綾部の満足そうな声が遠のいて行った。
私はと言えば、目を閉じたまま少し笑った。
なんだ、綾部も熱かったのか。
(三木)
ヒグラシの鳴く声がする。
かなかなかな。
ああ、もうそんな時間か。
目を閉じたまま、少し前を振り返る。
また、笑いが込み上げてきたがそれもすぐに通り過ぎて行ってしまった。
それよりも、ヒグラシの声がジンっと胸にしみてくる。
あんなに嫌だと思っていた暑さもようやく和らいできた。
「あ」
ヒグラシの声と一緒に私に入り込んできたのは三木の声。
「ね、てる?」
だんだんと近づいてくる足音。
視界を絶っているから、よけいに敏感に感じ取れる気配。
「はぁ、一体いつからこんなところで寝てるんだ?」
だって、暑いんだもんと、心の中で返事をした。
「まあ、暑いもんな」
ちょっと驚いた。
三木に本当に私の思っていることが伝わるなんて。
以心伝心だね、私達。
「でも、そろそろ寒くなってきたんじゃないか?」
そう言われれば、そんな気がする。
じんと、前よりいっそうヒグラシの声が響き渡る。
胸がキュンと、苦しくなった。
「こ、ここでもいいか……」
横を向いていた私の背中に、あったかいぬくもりが。
三木が隣に座っているようだ。
そして、私の耳に聞こえてきたのはカチャカチャと鉄を扱う音。
ああ、火器の手入れを始めたんだ。
「っ!?」
人さみしくなっていた私は、三木に背をすりつけた。
びくりと、固まる三木の体。
止まる手入れの音。
響くヒグラシの声。
戸惑いがちに私の名前を呼ぶ三木の声がした。
「なあに?」
「お、起きてたのなら早く言え!!」
にっこりと微笑んで、また、目を閉じた。
(四人)
「あれ?まだ寝てたのか?」
「お〜い、ちゃ〜ん」
「〜、起きた?」
「「「「あ」」」」
まるで申し合わせたように部屋の前で鉢合せした三人は私と三木を見て、動きを止めた。
私は相変わらず、三木エ門にくっついたまま、三木が火器の手入れをするのを見ていたのだ。
「あ、みんなどうしたの?」
他の2人が動かない間に綾部が動いた。
綾部は、私の背中に回って、着物をつかむとぎゅうぎゅうと引っ張ったのだ。
ずるずると引きずられて、三木エ門にくっついていたのに引きはがされてしまった。
「や〜ん」
「やーんじゃない」
「だって、寒いんだもん」
もう、外で蝉は鳴いていない。
聞こえてくるのは秋の知らせを運ぶ虫の声。
リーリーコロコロ。
「それじゃあ、私がくっついてあげる」
そう言って、私の背中にそのまま綾部は貼りついて寝っ転がってしまった。
「わわ、綾部……どうしたの?」
「のばか〜」
ぐりぐりと綾部に顔を押し付けられて、背中がくすぐったい。
「綾部くんずるい〜!僕も〜!」
「あ、タカ丸さん!……わ、私もだっ!!」
「わっ!!?」
途端に、私は三人の下敷きになってしまった。
後ろには綾部、前には滝、上にはタカ丸、下は畳。
なんとか、腕を出して、三木エ門に助けを求めた。
「み、みき〜!助けてよ!」
ぎゃあぎゃあ大騒ぎする私たちの声で、部屋の中はいっぱいになった。
終
皆さん、拍手ありがとうございます!
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