じゅうなな






















(本当の姿を知ってるよ)




























長い髪が、そろって、風に踊る。
仙蔵の両手が無防備な体を、勢いよく床へと叩きつけた。
痛みが襲ってくる前に、目の前の仙蔵に思わず魅入ってしまう。
まるで、なにかの冗談のように絵になる姿だった。
楽しげに弧を描いた瞳が、いっそう細まると、まるで猫が好物を目の前にしたかのような表情になった。


「さあ、どうしてくれようか」
「何がだ」
「決まっているだろう?お前を、だ」


思案するときの癖なのか、僅かに顰められた眉根にすら、何かの意図を感じる。
危機的状況だと言うのに、私の目は仙蔵の一挙一動、細部を捕えようと必死になっていた。
背中からは、じわりと痛みが広がる。


「まさか、貴様……この私が分かってないとでも思ったか?」


この、大柄な物言いが好ましかった。
一度食満にこのことを言ったら、変な顔をされたから誰かにこのことを言うのはやめたが…間近にして囁かれるとまた、好ましさが募った。
仙蔵の指先が胸元に覗く前掛けを抓む。


「なっ!!?」
「私はな、何でも知ってる」


そして、決して真相に触れない癖に本当に『知っている』話し方をした。


「私をいつまでも謀っていられると思ったか?」
「せんぞ」
「どれだけ、私がお前を見ていたと?」
「やめ」
「好きだ」
「あ……」


触れるほど近付けられた彼の唇は、喜々として震えた。



「運命なんて言葉では生ぬるいな、これは……本能だ。
生きるために、必要なものが互いを惹きつけた。
それでは不服か?」























胸倉を掴まれ、そのまま壁に押し付けられた。
さすが、火器オタクだ。いとも簡単に壁から逃げられなくなってしまった。


「く、そっ!!!!」


それなのに、余裕がないのは三木ヱ門の方だった。
口をつぐんで、怒りに瞳の端を紅くさせた三木ヱ門をじっと見つめていた。
なんて、長い睫毛だろう。


「なんか言えよ!!!!」
「別に……殴りたければ殴れよ」
「違う!!!!」


かといって、何かをしたいのでもないのか、下唇を噛みしめて三木ヱ門はただただ私を睨みつける。
唸るように、やっと口にした言葉は、殆ど意味をなしていないようにしか思えなかった。


「お前のことが、嫌いなんだよ!大っきらいだ!嫌いすぎて、嫌いすぎて目について、嫌なんだ!なんなんだよお前!なんで私の視界に入る!!」
「私は、別に田村の視界に入ろうとなんてしてない」


事実、同じ組でもないし、委員会だって違う。趣味だってもちろん違う。
それなのに、彼の視界にわざわざ私が入りに行くだなんて、よっぽど意識していないと至難の業に近い。


「お、んなの、くせに」


致命的な一言を言われ、今度は目を見開いたのはこちらだった。
なぜ、そのことをと、口にする前に噛みつくようにキスされた。
反射的に口を閉じると、獣じみた性急さで三木ヱ門の舌が閉じた歯列をなぞった。


「女のくせに」


もう一度、はっきりと言いながら、こちらを睨みつける三木ヱ門の眦は紅が強くなっていた。






















ずっと机に向かって本を読んでいる背中に向かって呼びかけてみたが、反応はない。
余程内容が面白いのか、こちらをあえて無視しているかのどちらかだろう。


「おい、文次郎」


それでもなお、私は呼びかける。
なんだよ。こっちむけよ。


「なんでこっち向かないんだ。なあ、文次郎」


手にしていた筆を投げると、からんと乾いた音をたてて床に落ちた。
不意打ちだったはずの投擲はいとも簡単に、払われてしまった。
仕方なしに、膝を進めて背後へと近付くと、やっと文次郎はこちらを振り返った。


「な、もん…」
「好い加減にしろ」


自分よりも圧倒的にでかい文次郎の手ががっしりと手首をとらえ、否応なしに唇を合わせられた。
嫌悪なんかよりも、驚きで、死ぬほど顔が熱くなる。
目を開くと、睨みつけるような文次郎の目が目の前にあった。
ゆっくりと文次郎の顔が離れると、まるで泣き出しそうな瞳を彼はした。


「くそ、ふざけんな」


キスされたのは、こちらのほうなのになんでだよ。
それよりも、心臓が壊れる一歩手前。
かろうじて、声が出た。


「お、お前……だ、んしょ、く…かよ」
「このバカタレ」


何もかも知った顔で、彼は泣きだしそうな顔をした。























部屋でくつろいでいると、忍者とあるまじき騒々しい足音が近寄ってきて、そのまま扉を開いた。
予想通り、戸口に立っているのは綾部喜八郎だった。


「どうした?」
「どう?私かわいい?」
「うん、すごい似合ってるよ」


笑いを噛み殺しながら、綾部の姿をまじまじと見る。
普段の髪形を気にしない彼とは、程遠い姿をしていた。
あでやかな着物に、美しく結いあげられた髪。
きっと、タカ丸さんにしてもらったんだろう。小ぶりながらも、きらめく簪が綾部によく似合っている。
無表情ながらも、喜々とした瞳の色をたたえて綾部は跳ねるように私の隣に座った。


「ねえ、ちゃんと座って?」
「うん」


綾部に促され、きちんと向き合う様に胡坐を掻きなおす。


「ちがうの、ちゃんと正座」
「はいはい」


正座をすると、小さくよしと、声を出した綾部は私の両手を取った。
さすがに手を合わせると私よりも大きい手の平。


「ね、私が女の姿するから、いいでしょう?」
「は?」


綾部の殆ど三歩抜かしの言葉の足らなさに、磨きがかかっていた。
一体何の事だか分からない。
すると、小首をかしげながら綾部は不服そうな顔をした。


「なんで?あとなにが足りない?私も女の子みたいに喋ったらいい?」
「は?え?」
「君のこと、好きだぞ?」


声色も高めに変えて言われても、それが心の底からの言葉としてもよく意味が通じない。


「私、君のためならこんな姿だってしちゃうんだから」


思い当たる節がありすぎて、逆に冷や汗が出てきた。


「そういう恰好がそれとも好きなの?」
「違うけど……」
「それで、私のことは?好き?大好き?」


どちらにせよ、その二択の答えは同じだというのに、期待に満ちた瞳を綾部は輝かせた。
こんな無邪気さに、心がざわめく。


「す、きだよ……ううん、大好き…喜八郎」
「うん!じゃあ、今度はこの格好君がしてね?」
「う、うん」
「ふふ、でも今は逆転だね!ね、ちゅうしていい?」


楽しげに転がる笑い声は、とんでもない提案をしてきた。














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