じゅうろく! 雷蔵 「ねえねえ、ちょっと訓練に付き合ってよ」 彼女は、本をじいっと見入りながら私の前に座り込んだ。 私も読んでいた本を閉じて彼女の方を向き直ると、ようやく本から顔を上げた。 やる気に充ち溢れた表情を輝かせながら、いい?と問われれば嫌だと言うわけにもいかない。 そういう仕草が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。 「いいよ、それでどんな特訓?」 「さすが、雷蔵!大好き!」 その大好きに、さほどの重みもないだろうが、それだけで嬉しくなってしまう。 自分のお手軽さに内心苦笑しながらも、笑みを崩さずに首をかしげた。 まだ、彼女がどんな特訓をしたいのか分からない。 「あのね、この前授業でやってた、声なくして言葉を読むやつをね…」 そう言いながら、また本へと視線が戻っていく。 いまいちやり方が分かっていないんだろうな。ごにょごにょと語尾も聞き取れないほど小さくなっていく。 「いいよ、手、出して?」 「え、あ、うん」 本で読んだ通りに、人差し指と中指をそろえてこちらへ手を差し出した。 彼女のその手を取り、そのまま咥える。 「え!?あ、ら、雷蔵!!?」 大丈夫と、目で答えて早速舌を動かす。 「え、あ…そ、そっか!待って……うーん…」 私の舌に自分の舌を合わせて言葉を読みとることに、一生懸命になる君。 短い言葉を、柔らかく音もなく紡ぐ。 「い?あ、違う…えと、き?……み、あ。あじゃない…が?」 好きだよ。 さあ、伝わるまであと何秒? 食満 「ねえねえ!食満先輩!」 「だー!耳元で叫ぶなって!」 じゃれつくように、座っている俺の首もとに抱きついてきた俺の、後輩。 怒るにも怒れず、思わず笑いを含んだ声になってしまう。 こうしてくる彼女は、まるで猫のようだ。 スリスリと、背中に体を押しつけられれば、知らず知らずの間に体も硬くなる。 気付かれないように、体をずらし、彼女の胴を掴んで思いきりこちらに引き寄せた。 歓声を上げながら、彼女の体は俺の膝の上にあおむけになって転がった。 「それで、なんだよ」 「あははははは!あ、そうだった、あのね!食満先輩食満先輩!」 「ん?」 にっこりと笑って、彼女は俺の手を取った。 小さな手で俺の右手をチョキの形にすると、より笑みを深めた。 「さて、なんて言ってるでしょーか!」 「え?あ?」 「当てて?」 そのままパクリと口で俺の指を咥えた。 心臓が跳ね上がり、指の腹を擦る様に舐めあげている舌使いに変な気が起きてしまいそうになる。 しかし、当の本人はそういう気配は見せずにどちらかと言えば楽しそうに舌を動かしている。 そこで、ようやく俺はこいつが何をしたがっているのか気付いた。 昨日、一年たち言葉を読んでいたのをやってほしかったのか。 指先に意識を集めた途端、お前の言葉を読みとれた。 「……お前なぁ…」 「んっ、ふぁう」 自分の顔が赤くなってるかどうかで、気が気じゃない。 こんな年下の……。 『留三郎先輩、だぁいすき!』 後輩が可愛くて可愛くてしょうがないだなんて! 誰にも言えるかってーの!! 滝夜叉丸 「せんぱ―――い!!」 走って走って、角を曲がったはずの先輩の姿を追いかけて私は全力で走った。 先輩に今日も私の話を聞いてほしい! 私のことをもっともっと知ってほしい! その一心で、私は走った。 「先輩!」 なんとかスピードを緩めて角を曲がった瞬間、柔らかいものに衝突した。 ああ!この私が倒れる!?転ぶ!?と、思った瞬間、ふわりと柔らかくてしなやかなものが私の体を包んだ。 「う、あ、せ、先輩!?」 「んー、どうしたの?滝」 真正面から先輩と抱き合っていた。 柔らかいくせに、細い体がしっかりと私を抱きとめていた。 いい香りがして、私の心拍音はどんどん早まっていく。 目の前で先輩が微笑んでる。 ああ、このまま息絶えたって私は満足だ……。 「……き、た―き!聞いてる!?」 「え、あ!は、はい!!なんでしょう!!?」 目の前で、先輩が困ったように笑うのも、私の胸をかき乱す。 「なんでしょうって…滝が私のこと追いかけてたんでしょ?」 「え?あ!そうです!そうでした!!今日もこの素晴らしい私の話を聞いていた…んぐ!?」 「滝、うるさい」 口の中にずぼっと先輩の指が二本突っ込まれた。 反射的に、口を閉じてしまった。 「んっ……」 「あ、ふぁ、しゅみまふぇん!!!」 歯をたてたことに眉をしかめても、先輩は悪戯っぽく笑う。 「ねえ、滝」 「あふぁい」 「そのまま喋ってくれても」 ぐっと、体が反転して、壁に押し付けられた。 先輩の体が太陽を背負い、どんな表情をしているか分からなくなる。 「私にだけ聞こえるよ?」 ゆるりと、舌を指先で絡められる。 「ん、ふ……ぐぅ」 「ねえ、滝いっぱいおしゃべりしよっか?」 三郎 向かい合ったまま、じっとこちらを見ているこいつの顔……本当、面白い。 「なあ、いつまでこうしてんだよ」 「三郎の変装を見破れるまで」 「それじゃあ、ずっとだな」 にやりと笑ってみせると、慌てて違う違うと顔をそむけた。 顔が真っ赤になって、ふぐみたいに膨れてる。 「ほーれ、河豚から戻れ―」 両手で頬を包み込んで軽く力を入れると、唇から空気が情けない音と一緒に出た。 うーっと、小さくうなりながらこちらを恨めしそうに見てくるのを見つめ返す。 本当、こいつの顔はいくら見てても飽きない。 「三郎ー!」 「はいはい、怒るな―。怒ってる暇あったらこの前できなかった追試の練習しろよ」 「え……」 「元々それが目的で俺ん所来たんだろ?」 「ま、そ、そうなんだけど…」 ごにょごにょと口の中で呟いていて、何を言っているかわからないが、どうせ苦手だとか難しいとか言ってるんだろうなぁ。 腹の底がざわめく。 「じゃあ、私が特別にとっておきの秘策を教えてやろう!」 「え!?三郎そんなのあるの!?ちょっと、早く教えてよ!」 「フフフフフ、秘策中の秘策なんだぞ?」 「どんなどんな!?」 「まあ、とりあえず口あけろ」 「はい、先生!あーん」 ガッと、頭を掴んでそのまま深く口づけた。 舌をたっぷりと絡ませて、絡ませて、絡ませて。 「んー!んー!……んっ、ふぁ…むぅ」 目の前でだんだんと蕩けていくこいつの顔を見ると、腹の底がどんどんざわめく。 唇を離すと、荒い呼吸を繰り返し、うっすらと目尻に涙を浮かべていた。 「どうした?私がなんて言ったか分かったか?」 「さ、三郎なにすんのよ……」 「舌の動きを自分の舌に移すなら、これが一番分かりやすいだろ?」 飄々と言ってやると、確かにそうだがと、またもにゃもにゃと口の中で何かをつぶやく。 「んで、俺が何言ったか分かった?」 「………」 好きです、付き合って下さい。 分かるまで何度でもキスしようか? 終 拍手ありがとうございます! |