おとり厳禁




























(文次郎)






学園長に呼び出された時、もうすでに何らかを俺は予感していた。
そして、学園長に言われたお使いに即座に「行きます」と返事を返していた。
とある城から城へと、姫を護衛する「お使い」。
もちろん、お駄賃は十分弾むという言葉にも心浮き立ったが、何よりも実戦の中にこの身を置ける喜びが胸に満ち満ちていた。
はやる気持ちを抑えもしないで、学園から一気に目的の城まで走って行ったのも、普段の鍛錬に比べればたやすいことだった。


「で、なんでお前がいるんだ」
「え?お使いに決まってるじゃん」


城で俺を待っていたのは、姫もなにも、見慣れた顔のこいつだった。


「あれ?学園長から聞いてないの?文次郎は私と一緒におとりよ、おとり」
「うぐぐぐ…」
「ああ、本当のお姫様はちゃーんと伊作と食満で連れて行ったから安心して」


意地悪い笑みを浮かべてこいつは俺の背中をたたいた。
引き合いに食満の名前を聞いただけでこっちは胸糞悪いってのに…。


「さあ、行きましょうか?」


かぶっていた笠を上げて普段とは全く違い、綺麗な笑みを浮かべたこいつに、不覚にもどきりとした自分がいて思わず自分の頬をつねっていた。


「な、なにやってんのよ!?」
「か、喝だ!自分に喝いれたんだよ!」
「はぁ?もうなんなの……」


呆れているこいつを後ろに、一つ大きく深呼吸。
平常心…平常心…。
よし!行ける。
これは、忍務だ。


「姫、行きましょう」


手を差し出すと、突然固まってしまった俺の姫に今度は俺が首をかしげる番だった。


「姫、いかがなさいましたか?」
「……潮江の馬鹿」
「あ?ほれ、行くんだろ?」

























(雷蔵)



お使いを頼まれたと言われても、私たちはとてものんびりした心持で歩いていた。
城から城への、姫様の護衛といっても私たちはしょせん囮。
肩を並べて、歩いていた。


「ねえ、雷蔵」
「なんでしょう、姫」
「だからさ、さっきから何度も言ってるけどその呼び方やめようよ」


仲のいい君が私と一緒に呼び出された時、私がすごく嬉しかったなんて、君は知らないだろうなぁ。
笠を傾けて、ちらりと垣間見える赤く紅を引いた唇にいちいち胸がときめいているんだよ?


「だって、もし追手に見張られていたら、姫って呼んでないとおかしいでしょ?」
「うー、そ、そうなんだけどさ」
「ん?……嫌だった?」
「ち、違くて!」


途端に俯いて、手にした杖で地面をさくさくとつつき始めた。
つられて立ち止まり、君がしゃべりだすのを待っていた。
それにしても、今日は一段とかわいいね。
いつもの君も大好きだけど、今の君は本当のお姫様みたいだ。
ようやく、少しだけ顔を上げて彼女は口を開いた。


「わ、私以外に姫って呼んであげたい子…もっと別にいるでしょ?」


喉から絞り出すように出されたその声、一言一句全てが私の中に染み込んできた。
細胞の一つ一つに、君の声が届いている。でないと、なんでこんなに全身が喜びで打ち震えてるんだ。
ああ、日差しがこんなにも暖かく感じるのは春が近いからじゃない。
君がいるからだ。


「ら、雷蔵?」
「あのね」


きっと追手なんて、先輩たちに護衛されている姫の所に行っているよ。
だって、隣に君がいるから実は気付かれないように気配をいつでも探っていたんだ。
こんな普段は人も通らないような平地。今、私たちしかいないから。
私は、その行為にすら君が壊れてしまうような気がしてしまい、ひどくそっと笠に触れた。
笠の下から現れた君の顔。目元がうっすらと赤いね。


「私の姫は、君だけだよ」


触れた頬の熱に、期待しちゃうよ?






























(滝夜叉丸)






ようやく道中も半分に差しかかったころだろうか。
本物を連れていれば、もっと時間がかかっていたに違いないだろうが、私たちは予定通りに歩みを進めていた。
先発で追手を一手に引き受ける形で出発したのも、一重に私が優秀だからであろうがこちらは真に囮だからだ。
私と共にいるのは、四年のくのたまの中でも私が一目置いているお前なのだから、私も心配することもなく出発した。
まんまと間抜けな追手たちは、私たちが本物だと信じ込んでついてきているようだった。
それもそのはずだ。
この学園一優秀な滝夜叉丸が護衛しているのであれば、いくら偽物の姫がいたとしても、私を張っていればそれが本物だという予想は正しい。
なにせ、この滝夜叉丸だからな。
しかし、やつらはその思い込みに踊らされた様だな。


「滝……なににやにやしてるのよ」
「ん?なぁに、私が守っているのだから大船に乗ったつもりで安心しているがいい!」
「…そんなこと聞いてないってば」
「はぁーっはっはっは!!」
「もう、滝お願いだからばれないようにね」


声をひそめながらも会話している私たちは、このまま城へ向かうと見せかけて遠回りをする。
私たちを追手が張っているその間に、本物は城へと辿り着くだろう。完璧だ…。
盛大なため息が隣から聞こえてきた気がしたが、まあ、気にしないでいいだろう。
懐から、愛しい輪子を取り出してくるくると回すと、微かに風を切る音が聞こえ非常に気分がいい。


「滝のうぬぼれ屋ー」
「はぁ…私はなんて美しいのだぁ」


うっとりと、自分の美しさを再確認していると、突然背後から雄たけびが聞こえてきた。


「きゃあ!!!?」
「姫っ!!!」


咄嗟のことに反応の遅れたお前の方へと飛び、胸に抱きしめながら賊の一撃から身をかわす。
続いての二太刀目を鈍らせるために、威嚇の戦輪が宙を舞った。
飛び道具に驚いたのか、私の正確な攻撃に驚いたのか分からないが、賊は二太刀目を繰り出す前に声を上げて逃げて行った。
私は、胸の中で微かに震えている彼女に声をかけた。


「姫、大丈夫ですか?」
「え、あ……あ、ありがとう」
「ん?姫、顔が赤いようですがどうかしましたか?」
「た、滝どうして姫だな…んっ!?」


彼女の唇に人差し指を当てて、片目をつぶる。


「貴女が、私の姫だからですよ」
「なっ!!?」

























(富松作兵衛)






まだ少し距離はあるだろうが、目視できるほどに目的の城まで近づいていた。
ぽかぽかと暖かな日差しの中、ちらりと隣の先輩へと目を滑らせた。
たった一つだけ年齢が違うだけだから硬くならないでと、先輩は言ってくれるがそれでも俺にとってはその一年がとんでもなく大きいものに感じた。
だって、先輩は本当に綺麗だ。


「ああ、やっと見えてきたね」
「え、あ!は、はい!」


それに、今日は囮の役を二人でするせいで、先輩は化粧までしている。
いつもの先輩だってすごくきれいだけど、今の先輩は先輩じゃなくて、本当のお姫様にも負けてないと思う。
うん、すごくきれいです先輩。
そんなわけだから、今まで緊張してしまってなかなかうまく話すことが出来ない。
本当は、先輩ともっといっぱい話してみたいのに。


「ふぁー…それにしても、本当囮って言っても、すごいここまで楽だったねぇ」
「はい!」
「私たち以外にも囮いたのかもね」
「そ、そうかもしれませんね!」
「ねえ、作兵衛」
「はいぃ!!」


杖でちょいっと笠を上げて、顔をのぞかせた先輩が苦笑している。
ああ、俺なんか変なこと言ったかな?どうしよう、先輩に嫌われたかな。
体をこわばらせて先輩の言葉を待つ俺に、先輩はにっこりとほほ笑んだ。
綺麗な、笑顔。
息をするのも忘れて、先輩に見入っていた。


「そんなに硬くならないでよ。ね?」
「え?」
「ほら、深呼吸してみて」
「は、はい」


大きく息を吸って吐く。側にいる先輩が持っている香嚢だろうか…すごく、いい匂いが胸いいっぱいに広がっていく。
優しい、匂い。


「作兵衛、私は本物のお姫様でもなんでもない、ただの女の子。分かる?」
「はい…」
「それに、同じ忍術学園の生徒でしょ?」


にっと、唇の端が上がる先輩。
赤い紅を引いた唇が綺麗な曲線を描いた。


「くのいちだし、私たちもっと仲良くなれると思うんだ」
「え、あ…そ、それって」
「私は、作兵衛ともっと仲良くなりたいな」


どきりと、心臓が声をたてる。
知らず知らずに口が動いていた。


「そ、それじゃあ、先輩!」
「なあに?」
「このお使いでもらったお駄賃で…」
「うん」


頑張れ俺!
なけなしの勇気はここで使わなくてどうする!
男がすたるぞ!


「今度一緒に、お団子食べに行きましょう!!」
「うん、いいよ」
「即答!!?」
「あはは、そうだよ。一緒に行こうね!約束!」


差し出された白い小指に、自分の小指を絡ませた。


「姫!早く行きましょう!!!!」
「わぁ!ちょっと、作兵衛!!」


もう、嬉しさでいっぱいの俺の気持ちは止まらない。
掴んだ先輩の手を握って走りだした。































拍手ありがとうございました!


姫ねえさま!ってずっと思ってた。