「い」 ◆ どんちゃかどんちゃか、さっきから何を馬鹿みたいに騒いでいるのか、もう自分たちでも分からなくなってきた。 いい具合に酒も回り、竹谷がとっておきの酒甕を隠し戸から出した時には、思わず声を合わせてどよめいてしまうほど。は緩みっぱなしの頬を抑えることもできずに、雷蔵から手渡された杯を口元に傾けた。 強い熱が口の中に広がり、なんだか息苦しささえ感じる。 そもそも、そこまで得意な方ではない。だけど、雰囲気が好きだし、ある程度酒が入ってしまえばそのままの流れで飲み続けていられる。私は、そもそもみんなと一緒にいるのが好きなんだ。 は杯を片手にくつくつと喉を鳴らした。 「てーい」 「わっ、なによ兵助」 「〜、何笑ってるんだよ」 薄く頬を朱に染めた久々知がの肩にぶつかってきた。 自分の肩の上にある久々知の頭は、いつもの頭巾に包まれておらず、長く豊かな髪が揺れていた。 「うん、すごくね……楽しいなぁって」 「ん?」 「こうして兵助と一緒にいられるのが嬉しくてしょうがないのよ」 「ふーん……」 こうして二人で話をしていることに、他の三人は気付いていない。三郎と竹谷とがじゃれ合っているのを、雷蔵が「障子やぶっちゃうから!」と、声を上げている。 はその様子を見て、微笑んでいた。 兵助は、の肩に頭を乗せたまま、上目で彼女の顔をのぞいていた。白い顎の線をなぞっていくと、自分とは違う細い首へと辿り着りつく。 こくりと、咽喉が上下するのを見て、なんだかとても切なくなってしまった。 「なあ、」 「兵助、なに?」 「一緒にいようよ。ずうっとさ」 「え?いいよ」 あっけらかんと返されてしまったを見て、兵助は唇を曲げた。 「わ、ちょ、ちょっと?兵助どうしたの?」 「うー…」 「なに?飲みすぎ?…もー」 ぽろぽろと兵助の長い睫毛を濡らしながら零れ落ちてくる涙を見て、は苦笑すると、肩に乗った兵助の頭を抱いた。みんなに気付かれないように、そうしていくれているの気遣いにまた涙腺が弱くなっていく一方なことにすら、は気付いてくれない。 「の大馬鹿」 「兵助?」 「いい加減気付いてくれよ、俺の気持ち………」 拗ねたような口調とは裏腹に、はらりと大粒の涙が零れ落ちた。 / 「いい加減気付いてくれよ、俺の気持ち………」 久々知 ◆ 幾度目かなんて、もうとっくに数えるのをやめてしまった。 しゅるりと、櫛が音を立てて彼女の髪の間を行き交う。 西日の入る部屋の中で、無防備にも俺の前にさらけ出されている首筋は一体自分のことをどう思っているのだろう。 「少し、直すね」 無言を肯定と受け取って、おくれ毛を指先で掬いあげた。その時に、小指で僅かにちゃんの首筋を撫でてみる。 ぴくりと反応を返してくるが、相変わらず何も話さない。 ちゃんはいつも大体決まってこの時間になると、俺の所に来てくれる。 そして、少しだけおしゃべりをして、そのあと髪を結ってあげる。いつからか、それがお決まりとなっていた。 だけど、今日はほんの少し違うんだ。 ねえ、ちゃん。 懐の中から、この間の休みに市に滝夜叉丸君たちと行った時に買い求めた華奢な簪を取り出した。 微かな高い音を立てて簪はちゃんの髪の中に埋まる。 光を鈍く反射しながら揺れている。 「はい、おしまい!」 「た、タカ丸!?」 「ん?なぁに?」 「こ、これ……」 簪に驚いて、片手で恐る恐るそれに触れながらちゃんがこちらを振り返った。 ああ、やっぱり西日が彼女の顔を染めている。 同じように俺も、赤く染まっているだろうか。 目をまんまるにしたちゃんのほっぺたを両手で包んだ。 すっぽりと、この両手の中におさまってしまった彼女の頬はすべすべしていている。 そんな心地よさも手伝って、俺は、そっと触れるだけの口付けを素早くちゃんの唇に落とした。 「ちゃん」 「た、タカ…」 「好い加減はっきりしたい」 この関係にも。 だから、俺は一歩を踏み出すよ。 「ちゃんが好きだよ」 にっこりと、笑った俺に、まるで泣きそうな顔をして口をパクパクさせている君が好き! そのあと「タカ丸の馬鹿!!」と顔を隠しながら、こっそりとこの時間を選んできていたのは顔が真っ赤になるのを俺に気付かれないようにだと教えてくれるだなんて、夢にも思ってなかったんだ。 / 「好い加減はっきりしたい」 タカ丸 |